「米国に暮らす」カテゴリーアーカイブ

ヒューストンへの片道切符

とうとう赴任当日。

ヒューストンへの片道切符を握りしめ、妻のご両親と共に一路成田空港へ。片道だけの切符で日本を出国するのはこれで人生3回目、気が引き締まります。

本日も朝から携帯を解約したり、ご近所に一足先の赴任の挨拶回りをしたり、さらにはしつこく本日までのブログをまとめUPしたり、わりとドタバタ。

いまだに父の米国行きを理解していない娘もさすがに不穏な空気を感じ不安定。自分も飛行機乗りたいとか、アメリカ行きたいとか車中で言い出し、ついには・・

「マイちゃん、どこに行くかわからなくなっちゃった・」発言。

君はどこにもいきませんよ、今回は。(そして僕の膝上で就寝)

(いきなり出国検査場に長蛇の列、GOLDメンバーの道遠し)

航空会社は直行便の飛ぶユナイテッド航空。ビジネスマンのはずですが4年ぶりのビジネスクラス。(経費削減も大切)

座席の作りは素晴らしいですが、さすがにサービスはそこそこ。
(やはり、日系やシンガポール航空と比べると。。)

そのかわり・・


(チキンでかっ!!)


(ソフトボールぐらいあるアイス・・遠慮します)

既に機内は米国支配下にあり、圧倒的な物量攻撃に未来を心配しました。ここでマイルールを2つ導入決定。

■ 出されたものを全部食べない
■ 外ではお酒は2杯まで

とりあえず増えた体重を減らし、傷んだ肝臓を休めるのが優先。

(これから5年間ほどよろしくお世話になります)

さっそくの時差ボケを調整しきれず3時に起床。
出勤初日は長い一日になりそうです。

35回目の壮行会ラスト

日曜日の出発を前にして、とうとう最終出社日。
そして最後の壮行会がその夜に。


(ラストは大学部活の後輩達に送られて@大好きな仲垣にて)

幹事のS君とはこの2ヶ月で3回目ですが、楽しい仲間とは何度でも飲めますね。(奥様には不評を買ってると思うので、、すみません。)

まとめての歓送迎会やランチ会なども含め、今回で35回目。いやぁ、よく飲みました、食べました。(そして流石にやや体調不良にも)

それでも、お声がけ頂きながら機会つくれなかったり、顔を出せなかった会も多く、沢山の方々あっての現在の自分があると改めて感謝の気持ちに。


(店主のNさんよりプレゼントで貴重な1本を)

あー、御礼メール出す前に携帯を解約しちゃいました。FBでせめてもの御礼メッセージ出さないと。(最近は便利になりました)

お世話になった皆様、本当に有難うございました。一時帰国の機会があればまたよろしくお願いします。

手土産多め、自分にはナシ

赴任にあたって悩ましいのが手土産。何をどこまでの範囲で準備するのか、、、(正解もないですし)色々とアドバイスをもらいながら自分なりに咀嚼の上で用意してみました。

(トランク丸々1つ+αが手土産IN・・日本人的か)

主軸は、たねやの和菓子。(15箱ほど)3週間ほど賞味期限のあるモナカと水羊羹を選択。事務所の米人スタッフ用には、ヨックモックの焼き菓子詰め合わせ系大箱。これもタップリ150pcs(ヒューストンとニューヨークそれぞれ用に)。あとは愛用している茅の舎のダシの小セットを10袋ほど奥様用に添えて。婦人雑誌も考えていたのですが、さすがにスペースが足りない。

このトランク開けられると和菓子の個人輸入業者として摘発されるかも。税関通過時はドキドキですね。

そして、自分用のお菓子、レトルト食品などはゼロで。腰を据えてヒューストンで調達できるものの中で頑張るつもり。

日本の科学の粋をつくした炊飯器だけは現地調達を避けて航空便で発送。カリフォルニア米を炊いてみるつもりです。(パン食になる訳ではない)

(追記:炊飯器も日本と米国の電圧の違いからか変圧器を通しても調子が悪くなったので米国赴任後に買うのでも良いかも。。)

当座のドル資金

米国赴任後の当座の生活費として5千ドルをゲット。
有楽町の三井住友銀行の外貨交換窓口にて。

(最近デザインが変わったのか、見たこと無い100ドル札・・大丈夫か?)

どうも新札だと人生ゲームのお金のように見えます。。かといってあまり使い古されて臭かったり落書きの有るお札も困りモノですが。

それなりの大金ですが、これでは家の初期費用や車購入には足りません。まずは米国の銀行に口座開設してここにお金を入れる必要があります。

日本の口座から送金するのが一般的でしょうが、会社からドルでお金を借りることに。これならば毎月のドル給与から返済できるので為替差損ナシ!(金利負担アリ)

日本の口座に手を付けずに暮らすことが目標です。

クレジットカードも早く現地で作ってクレジットヒストリーなるものを蓄積しないと。日本発行のカードを使っていてはいつまでも信用が得られないそうなので。(このあたりの事情はまた研究してご報告します)

免許更新のために一時帰国計画

運転免許センターで国際免許を申請取得。テキサス州の運転免許を頂くまでは、とりあえずこれで運転です。

できれば最初は運転しないで過ごしたいのですが、広いアメリカ、そうもいかず。少なくとも3週目からは車が通勤にも買い物にも必要な感じのようです。(とりあえず2週間分のホテルだけ事前に予約済)


(主従逆転の散歩図)

平成28年末に日本の免許更新の時期が来るので、期限前更新も考えたのですが、その場合でも現時点からの期間換算で平成30年までしか延長できません。

結局、赴任期間5年の場合は、失効してしまうのは一緒なので更新は断念。失効するとGOLDでもなくなりますし、平成28年末に一度帰国しようかな。

赴任から2年半ぶりの日本は自分の目にどううつるでしょうか。
これはこれで今から楽しみです。

米国赴任準備あれこれ

この3連休は北海道から母親が出てきて、孫娘に対面。結構、盛り沢山のスケジュールだったので、さぞかし疲れたことでしょう。


(妻のご両親、祖母、弟の皆さんらにと送別ランチ@自由が丘)

色々モノを買ったり、引っ越しの為にモノを捨てたりもありますが、自分がいない間の家族・親戚づきあいも整えていくのも赴任準備。

それぞれの弟がいつだれと結婚するのだろうか・・が、目下の興味です。皆が元気に暮らせますように。

あちこちで別れラッシュ

有り難いことに連日連夜の送別会の嵐。
別れは家族それぞれにそれぞれのカタチで。


(僕はある晩は会社同期との別れの宴)


(娘は幼馴染とTDLデート)


(妻はママ友仲間、チームうしろじでの宴・・)

東京での貴重な日々も残り10日あまり。毎晩のように千鳥足で帰宅すると、玄関には娘の小さな靴が。

実は妻と娘とも半年ばかりのしばしの別れ。(米国合流は早くても11月ぐらいかな) 寂しいけどここは期間限定の別れなのでこらえどころです。

米国大使館でのビザ面接

米国で働くために必要なものは何でしょう。
アメリカンな夢?

もちろん夢も必要かもしれませんが、まずはビザ(査証)。

(この先辺りから警察官が多数警護しており緊張感が)

結構面倒な事前準備の上で早々にビザ取得の面接を申し込んだのですが、ようやく予約がとれたのが4月の頭。

面接があって色々質問されると聞いていたので、やや緊張して赴いたのですが・・これがとんでもないぐらい簡単だったので驚きました。以下、面接での一問一答。

「Are you Mr. Hiropon ?」
「Yes.」

「Going to Houston?」
「Yes.」

「How long are you working for XXX(会社名)?」
「16 years.」

「What do you do in XXX(会社名)?」
「XXXXX」

「OK!」
「え?もう終わり?(思わず日本語)。」

もう少し、なんか聞いて欲しかったのに。

横の窓口では、パキスタン出身の彼が何とかビザを取ろうとして延々20分以上、面接(尋問?)を受けているというのに、この格差。企業派遣で赴任という立場に感謝しなくてはいけません。
(でも赴任先ではこうはいかないはず。。)

結構外でも待ち時間かかるので、何ヶ月か後に妻が3歳と0歳を連れて無事にここでビザを取れるかと思うと心配になります。(言葉は心配いらないので助かります)

まとめ買い

赴任後にヒューストンで購入できるか分からないものもまとめ買い。普段刺激されない買い物衝動が開放されます。

(餃子はまとめ焼き)

■ ユニクロで下着、パンツ、靴下を20セットまとめ買い
■ アシックスのビジネスウォーキングシューズを2足
■ スーツセレクトでワイシャツを15枚まとめ買い

今、手元にあるものはくたびれてきたらバンバン捨てながら数を調整中。新しいものについてはスーツ以外は赴任後から使うことで気分一新。

(20セットだと結構な量になります)

ユニクロは海外展開しているしシャツだって買えると思うけど、やっぱり吊るしのサイズは日本人体型合わせなのでは?と。

郷にいっては・・・でアメリカ人体型にはなりませんのよ。
自分を戒めるためにも日本でまとめ買い。

叔父訪問

赴任までの限られた週末で、最近ご無沙汰の茨城の叔父を訪問。
→昨年8月は釜石のもう一人の叔父を訪問

(やはり記憶からは歳をとっているが元気そうで良かった)

この数年は冠婚葬祭でしか顔を合わせておらず(親戚ってそんなものかもですが)一度普通に酒も酌み交わしたいと思っていたのです。

昔聞いた時はなんとも思わなかった転職や海外赴任の話、今では自分事ですし。米国に何年も単身で赴任された時の経験も色々聞けて実りある時間となりました。

(弟連れで行きました)

(近所の寿司屋からカワハギ様がドドンと到着)

自分の父親は53歳で事故で亡くなった為、そこで記憶はSTOPしてますが、父の弟である60代の叔父や、兄である70代の叔父の中に少しずつ見つかる共通点。

それが自分や弟にも感じられると、何ともいえぬ血の繋がりを感じます。とりあえず、お酒が好きで、美味しいものが好き。

まずは、ここ。