「自己実現マニア」カテゴリーアーカイブ

人生年表改に着手

超長期の人生年表の精度を上げるために、中長期の人生年表の作り込みに着手。自分にとっての中長期は四半世紀となる25年。

40代後半の自分が70歳になるまでの主要なライフイベントとマネープランを掛け合わせた年表(未来予想図)を少し時間をかけて書き出し始めてます。

いつものようにリベ大の関連動画は参考になります。

これまで資産運用による資産増大効果を見たこともなければ、インフレ率も考慮していませんでした。(相殺し合うだろうか?ぐらいの緩い前提で・・)

70歳通過時点で狙っていく金融資産額を意識してのプラン作り。そこに至るまでの日々の生活の積み重ねが大事ですし、最後はゼロとしたいので(→ゼロで死ね〜DIE WITH ZERO)、教育費の上振れなどの不確定要素は抑えつつも、生活の固定費&変動費、どこからは人生の投資として、あるいは贅沢費と捉えるか、も再検証しながら、必要な支出を見極めていきたいと思います。

「60歳でFIRE(サイドFIRE)」という目標を達成するためには、50歳、55歳のチェックポイント、さらには60歳を超えた先の60代について、50代と同じように具体的にリアルに描く必要がありそうです。

とりあえずこれからの10年、私の飲み代と、娘達への小遣いや服代はトレードオフの関係になりそう。

週末に大地を讃頌

穏やかな週末の午前、Youtube動画を眺めていたら合唱関連の動画から名曲「大地讃頌」が芋づる式に出てきて順番に鑑賞。

言わずと知れた合唱の定番曲ですが、自分も中学の頃の学内合唱コンクールでは3年生の固定の課題曲となっていて、卒業式で3年生はこの歌を全員で歌って卒業していくのが何やら伝統でした。

吹奏楽部だったのでクラスでも自然と指揮者となり、コンクールでは最優秀指揮者賞というのを頂いたので、卒業式では全員の前で指揮者だった記憶があります。もう全てが遥か彼方の記憶ですが、、悪くない自己肯定感を伴う思い出です。

ありがたいことに過去に逃げ込む必要もなく、常に今日から明日を思って暮らしているうちに中年となり、そのうち老年になりそうなのですが、どこかで昔の若かった日々を懐かしむ気持ちにもなることはあるのだろうな・・と想像。

長女が小学校で合唱部に入って一生懸命歌っているのを横目でみながら、そんなことを思って大地讃頌を口ずさむ父。そのうち思わず動画に向かって指揮をし始めたら長女に目撃される。

「ママー、パパが頭おかしくなったー!」

ストレス緩和は嫌いなことをしないことから

ここのところ、自分の中での整理に従って嫌いなことからは出来るだけ距離をとりストレスを溜めないように心がけています。

(海老出汁のアメリケーノソース最高)

夜の会食などのお付き合いは、週に1、2回を限度として無理に予定は入れすぎず、一方で飲みに行く機会が多すぎること=家族で過ごす時間が平日にないことはストレスとなることを明確に認識したことで、スケジュールの組み方がしっかり見えてきました。

あとは毎日の平均歩数は1万歩以上、睡眠スコアは週平均が80以上で維持することも心がけることで肉体的なストレス緩和の効果もあることを意識。

少し通院頻度が下がった整骨院でも、首と肩のコリがひどくなっていない・・と診断されて、自分なりのワークインライフを実践〜維持しつつ、元気に年末年始を目指したいと思います。(→Happiness is a choice

ほほ肉の煮込みを「ほぼ肉」と後日書いてしまい笑われました。ほぼ肉じゃ困りますよね、、カップラーメンの謎肉扱い。

ないと困るのがストレス、でもありすぎても困るのもストレス。
自分は彼とうまく付き合っていきたいと思います。

考えるだけじゃなく、感じる

先日受講したキャリアに関するセミナーでの学びを備忘メモ。

(妻のスキレット活用レベルが高い件)

■ 考えるだけじゃなく、感じる

論理的に考えることで見つかる正解を探すのだけではなく、感じることで辿り着く納得解をも見つける。正解がない問いを繰り返す機会が生きていく中で増えていくので、必要な心構え、マインドセットだと思いました。

そう言えばこれ、あの伝説の、Don’t think…. FEEL! まんまです。

まずは考える、考え抜く、その上で感じる。

最初から感じるだけだと・・考えませんから。そういう意味ではあの名言の捉え方にも誤解があるかもしれない。もちろん、これは私見ですが。(考えることが悪い訳ではなく、そこだけで足踏みしないという意味で捉えてます)

そもそも、しっかり考えよう。
そして、考えるだけじゃなく、感じよう。

終身雇用終了〜45歳定年制の世界へ?

年功序列の世界が終了し、企業は終身雇用の制度をもはや維持できず、ここで出てきた45歳定年制の提言。私、46歳です。

お前はもう死んでいる、的な?

企業経営する者の視点であれば、確かに!と心の中で呟くところでしょうが、果たして多くの従業員の皆さんは簡単に同意出来るものでしょうか。(サントリーの皆さん含め・・)

年齢が上がるにつれ賃金が上昇する仕組みは打ち止めにすべきというのはまぁその通りです。(私の働く環境も結構前から既にそうなりました)社会における人材流動化を促すべきなのも正論。

ただ、国が企業に定年を70歳まで引き上げろと要求するのも無理筋ですし、いきなり45歳で企業から放り捨てられるのもキツイ。(もともとそういう雇用条件だったらしょうがないですが)

やはりそれなりの移行期間はもって欲しいところですし、壮大な社会変革の実践なのだとしたら最低限のセイフティネットは官民連動で準備して欲しいところ。

ここまでは60歳定年を見据え、あと14年程度を意識してきましたが(60歳以降の雇用延長は受け入れない前提で)、既に定年の線を超えてロスタイム入りしていると自己認識を改めるのは刺激がありますね。

サバイバル遺伝子を再起動して、ますますビターになりつつあるウィズコロナの世界でも、しっかり家族を抱えて生き延びれるように自己点検の上で、具体的なアクションにうつしていきます。