「自己実現マニア」カテゴリーアーカイブ

朝散歩〜最高のモーニングルーティン

2021年はココロとカラダに効きそうな良い習慣や考え方があれば積極的に取り込んでいきたいと考えています。

こちらの本の著者であり精神科医である樺沢さんがオススメする最高のモーニングルーティンは「朝散歩」。(343ページある大部の、わずか36ページで堂々登場する必殺奥義的な)

これだけ寒い日が続くと、目覚ましが鳴ってから布団から抜け出るのにも苦労する訳ですが(それは睡眠の質が低いのかもしれないという別の課題でもありますが)、冬の朝に散歩か、、、と。

具体的な朝散歩の方法は「起床後1時間以内に15〜30分の散歩を行う」とあるのですが、待てよ・・それって、起床後30分で家を出て通勤開始すれば、最寄り駅までの徒歩15分が朝散歩って言えるのじゃないか!?と。

あとは、在宅勤務する日と週末に習慣づけするだけなら、2021年なんとか朝散歩をモノにできる気がします。ちょっと都合の良い解釈があるかもしれませんが・・睡眠の質を上げていく取り組みとセットで、朝散歩習慣の導入に取り組んでみたいと思います。(あぁ、、駅まで遠いところに住んでいるなぁ・・と思うのではなく「朝散歩」に最適の環境と思うと意識が変わる・・かも)

1年365本ブログ習慣

2021年に意識したい2つ目は「積極的に伝える、発信する」。

あらためて、伝えたり、発信する機会を増やしていきたいと思う2021年ですが、やはり情報発信の本丸はこの匿名ブログにおこうと思います。ここを日々の行動記録(ライフログ)を集めたハブとして、リアルな世界への発信もしていければと思います。

頻度は変わらず1年365本。毎回400-500字と文字数も内容も軽めの雑多ブログだから出来るわけで、テーマを定めて毎回1,000字とかを狙うとちょっと毎日は難しいだろうなと思います。

このブログ以外では、職場で毎週月曜にメルマガ的な一斉送信を行っています。内容は仕事と少し離れたライトな自己啓発コラムもの。これも昨年1年間発信してみて、今年も継続しようかな・・と考えています。何かしら伝える、伝わる効果があることを期待して。(部下から月曜のポエムとも呼ばれています・・)

あとはこのブログのサブ的な位置づけで、読んだ本の感想は、読書メーターとAmazonのカスタマーレビューにも記録開始してみようかと。それもこれも発信の新たな試みとして。

2021年はじまりました

2021年が明けました。

2020年は3月から本格化したコロナ禍に振り回されながら、この世界がどうなっていくのか、その中でどう生きていくのかをあらためて考えるきっかけをもらった一年でした。

悪い面をあげればキリがありませんが、自分と家族の時間が沢山持てたこと、変化への覚悟を持てたことなど幾つかの良い面もあったと思っています、自分ポジティブなんで。。

2021年は考えたことを具体的な行動に移していく、芽ぶいたものをより加速させていく年にしたいと思います。今年の干支は辛丑、この意味を、辛は痛みを伴う幕引き、丑は殻を破ろうとする命の息吹、そして希望、と解説している記事がありました。何とも感慨深い意味づけですね。

2021年に意識したいことは3つ。(キーワードは3つまで)

■ よく読み、よく学ぶ
■ 積極的に伝える、発信する
■ 心と身体をスッキリとリセット

2020年のキーワードを少しだけリバイス。46歳として40代後半の人生の良い方向づけが出来るように。

今年も2020年同様、ブログは年365本ペースで。

本ブログをときおり覗いて頂く皆様にとっても良い2021年となりますように。本年もどうぞよろしくお願い致します。

2020年にできたこと

ようやく一年の振り返り、大晦日恒例の「〜〜年にできたこと」のシリーズ連載まで辿り着きました。年末は少しブログ更新もサボり気味だったので最後は少し巻きで記事更新。

あらためて、2020年は誰にとっても本当に特別な一年でした。

(バックナンバー)
→2019年にできたこと
→2018年にできたこと
→2017年にできたこと
→2016年にできたこと
→2005年(30歳)〜2015年(40歳)にできたこと(まとめ)

■ コロナ禍で生まれた自分と家族の時間

4月から10月までの7ヶ月間、在宅と出社勤務を交互に繰り返すという初めての経験。2020年の新型コロナウイルス感染症拡大という人類史に残る危機事態を受けての個人と家族レベルでの変化、そして今も現在進行中の事態。この変化が加速する不安な世界でどう生きるかという中で感じた・・時間の存在。

思いがけず、沢山の自分と家族の時間を持つことができました。

2019年4月末に日本に帰国してからの8ヶ月間は、やや新しい環境での仕事に時間が多くとられ全般的に落ち着かなかったので、結果として可処分時間が大幅に増えた2020年は、自らの今後の生活、人生を省みる絶好の機会となりました。

■ 「60歳でFIRE」に向けて始動

先が不透明な世界で、将来の不安も落ち着いて見つめ直してみました。今のように大組織の歯車で回っているのはどんなに長くても60歳まで。定年後の雇用延長なんてちっぽけな選択肢ははなっから持たないと決める。

そのための人生計画と生きていける資金繰りを現時点で出来るだけ精緻に練り直し。積立投信の開始、個別株の整理、ワンルームマンション投資の買い増し、支出の最適化(倹約と節約)の推進。

何よりも60歳以降も自分らしく働き生きるための自己投資推進の再決意と土台となる身体作りの再始動を開始できました。(人間ドックからは足元では警告も出ており本気で要注意)

■ 見える親孝行

コロナ状況を気にしながらでしたが、北海道の実家には2020年は8回帰省しました。次第に不便になる一方の郊外の思い出深い一戸建てを離れてもらい、市内の駅前マンションへ実家移転を完了。

残った旧実家の売却と大量の断捨離も母に敢行して貰いました。こちらは自分がというより母ができたこと、ですね。その実行力に敬意を表します。おかげさまで、お互いに沢山の肩の荷を生きているうちに減らすことができたことに感謝です。

ここから、どんなに長くても30年あまりの母の余生を満喫してもらえるよう長男としてできうる親孝行をしっかり見えるカタチでやっていきます。これは妻の両親に対しても同様に。

■ 感謝

毎日頑張る妻にも心から感謝、元気に成長してくれている娘達にも感謝。義両親、母や弟、周囲のお世話になっている皆さんにも感謝。そして・・

本ブログをこうして見て頂いている皆様に感謝。いつも頂く少しずつのPVがライフログ更新意欲をかき立ててくれます、本当にありがとうございます。

明日のわたしは、それほど変われないとしとしても。
生きていくんだ、それでいいんだ。(inspired by 紅白)

2020年もお世話になりました。2021年もどうかよろしくお願いいたします。

46歳になりました

46歳になりました。

アラフィフの中心である50歳で叫ぶ日もズンズンと近くなってきました。コロナだろうがなんだろうが、お腹はすくし、日々は過ぎていくし、歳を取っていくものだなと感じます。

これまでの当たり前が常識ではなくなり、グローバルに広がる一方だった世界が再び細かく分断されるなど大きく世が動いた2020年、今まで以上に変化に対する姿勢が重要と感じます。

対する・・と置くと向き合って反発してしまいそうですから、変化の波や流れに乗っていく・・というか。

日々の仕事で与えられている役割を必死でこなそうとしておりますが、これで十分かというと甚だ不安ですし、家庭に居場所があるかというとこれも覚束ない限りではありますが・・それでも必死で生きてます、死ぬ日までは。

家族、仕事、健康の大事な3拍子を大きく外すことなく、自分と周りの大切な人々の人生を豊かに幸せに出来る様、地に足を着け生きていきたいと思います。反省することが多い日々ですが。

本ブログを時折眺めて頂いている皆様にも心から感謝です。(PVがゼロではないことがライフログ継続のモチベーションです)

美女達と野獣、そしてガストン

先日、家族で久しぶりに行ってきましたTDL、もちろん楽しみの一つは美女と野獣がモチーフの新エリア。

シンデレラ城に続いて園内に初お目見えの野獣の城。遠くの山々まで再現されており度肝を抜きました。まだ工事中なのかクレーンがありますが、これが無くなったら超リアル。

ガストン像の周りにはガストンガールズも発見。(なおディズニーでは現在は中学生以上は仮装禁止のはず。これは偶然ワンピの色が揃った方々なんでしょう、きっと)

本日一番の緊張の瞬間は午前11時入場後の抽選の儀式。心を込めて抽選に参加した結果、ベイマックスもミニーも外しましたが、待望の美女と野獣のライド(だけ)当たりました。この1週間分ぐらいの運を使い果たしました。

(君もいずれ・・)

そもそもチケット販売そのものが入場制限により抽選になっており、自分にとっての目玉であるショーやパレードも中止か激しく縮小されている中、それでもエンターテイメントの灯を消さないで欲しい、この難局を乗り切って欲しい、との応援詣で。

怪しくも美しくライトアップされたベルの城。

これまで美女達と野獣が家族のテーマでしたが、今回自分に与えられた役回りはガストン。これって野獣から人への格上げなのか、それとも王子から敵役への格下げなのか、はたして。

離れていても出来る仕事

この週末は北海道に。金曜から有休をとって移動したのですが、抜けれない会議もあったので札幌の新実家から参加。

そもそも参加する皆さんは日本どころか世界のあちこちから参加しているのだから何の問題もない。離れていても仕事はできる。

こうして、どこにいるのかが重要ではなく、何をやるのか、出来るのかが問われる機会が徹底的に増えてくるのだろうな、というのを在宅勤務以上にテレワーク先の実家で実感。

60歳でFIREするとして、セミリタイア後の趣味の仕事も、場所に縛られない仕事を選ぶことが出来れば、格段に自由度も上がるなぁ・・などと妄想。少なくとも札幌と東京を行き来する将来の生活は現実味がありますし。

時間を使わなくても出来る仕事の一つが投資だとして、時間は必要だけど場所を選ばない、自分にとっての未来の仕事の種を育てていきたいと思います。きっとヒントは今の仕事の中に、急速に変化する世界や社会の中に必ずあるはず。

リタイア研究開始〜60歳でFIRE

普段買ったことはないのですが特集につられて購入致しました。

(この手の雑誌、誌面が騒々しくて苦手です)

これまではリタイアどころか一生死ぬまで仕事する気だったのですが、最近リタリアの形にも様々なパターンがあることを学びました。

経済的自由を各自の生活の範囲内で実現したのちに、好きなことだけを仕事とするセミリタイアや、好きなことだけして稼ぎもしないアーリーリタイアという、報酬にとらわれない生き方は圧倒的に幸せなのかも・・と感じ始めています。

幸いに今の仕事は十二分に面白いのですが、やはり55歳、60歳あたりからはシニアの活躍といっても人によりけりだとつくづく思うので、次のステージは自ら考えることは良いことだとも。

リタイア 研究開始です。

大事な点は、早いとか遅いだけの視点ではなく、リタイア後に生まれるであろう時間で自分は何をしたいの?ということを良く考え準備をしていくことなのではないかと思います。あとは、当たり前ですが家族の暮らしがしっかり成立する資金繰り計画も。

そんなきっかけで3年ぶりに自分のバケットリスト(→俺のバケツ)の更新作業に没頭。

色々と書き連ねている夢の中には、リタイア後に時間とお金さえあれば確かに叶いそうなものも。一方でまだまだ仕事に没頭しないと実現が近づかないようなものの両方が存在し、これを一回の人生で出来るだけ実現・・となると、優先順位付けが大事です。

現時点でこのリストにチラッともかすっていないことはあまり人生では重要ではないだろうと思いますので、まずはリストを前にして自分との対話を繰り返していこうと思います。

4%ルール〜60歳でFIREします

最近のFIREブームを前にして、40代でもFIRE目指せるの?と考察してきましたが、至った自分の結論は→人生100年時代、60歳でFIREします、という平凡なもの。(15年後は、60歳ですらリタイアには早い・・という見立て、です)

60歳の前提になっているのは、今の時点、あるいは数年後の近い未来ですら、自分には経済的自由がやってこなそうに感じるから。では、どれぐらいの資産に達すれば経済的自由を得たといえてアーリーリタイア、セミリタイア が出来ると言えるのか。

その指標の一つとなるかもしれないのが「4%ルール」というFIRE界ワード。リタイア後に毎年4%ずつ資産を取り崩しても30年間はポートフォリオを維持できる可能性が高いと言う米国での研究をベースにしているようです。

これは逆算すると、年間支出の25年分の資産を保有していれば、30年間は食いっぱぐれずに済むと言うことに。(資産は取り崩さずに)

この場合の資産というのは一般的には金融資産を指すようですが4%のキャッシュフローを実際に生み出せるのであれば不動産などの資産でも良いのでは?と自分は考えています。

もし年間500万円の支出が生活に必要であれば、25倍ですから1億2,500万円の資産。年間1,000万円の支出が必要であれば2億5千万円・・という果てしない額の資産積み上げが必要。

自分の場合・・現時点での年間支出で考えれば、金融資産ではわずか3年分、不動産を加味してもプラス数年分・・なので、25年分となると本当に遠い道のり。

でも、待てよ。

これから娘達の教育費がどんどん嵩む時期が確かに一時期あるけど、夫婦二人に戻れば、いずれは絶対額は落ち着いてくるはず。生活のための年間支出ってずっと一定ではないので、何年分が正解という試算はなかなかに難問。

その場合、これだけあれば家族が暮らしていけるという年間のミニマムな生活支出をまずは置いて、この25倍の資産を目指してみる・・という目標設定もありかも、と感じました。取り崩していく分はこれに必要な数字を追加で乗せるイメージ。(それでもかなりの絶対額となりますが。。)

いずれにせよ、生活に必要な支出は出来るだけ押さえる一方で、資産は出来るだけ積んでいく、資産は時間を味方につけて運用する、この基本の三拍子を外さないように見直ししていきます。

豚舎ではない

自らの職場を高らかに豚舎と呼び、そこからの戦略的脱出(FIRE)を華麗に実践した三菱サラリーマン氏への称賛と、やや反発してしまう、相反する気持ちを感じています。

(それだけ楽しませて頂いたとも言えます)

その気持ちを因数分解していくならば、戦略的脱出に至るまでの作戦立案と実行力に対する心からの称賛と、しかしながらその実行に際して必要な舞台であった職場が豚舎であるという整理への疑問や反発なんだと思います。

30歳氏の存在が、自分の立場になぞらえると・・まんま自分の部下世代にダブるからなのかもしれない。しょうがないですね45歳の読み手の視点なんですから。。(年齢や性差から思考が完全に自由になるのは難しい・・と色々な場面で思います)

20代や30歳前後の部下からすれば、時折、豚舎から管理人(私)に連れ出され食べさせられる絶品な焼きトンが、共食い!状態なのでは・・・と妄想しています。

(各部位の名称を覚えさせてから解放します)

人生を戦略的に生きて欲しいという思いと、職場を豚舎として自らをその住人とするかは自分次第だよ、と伝えるのも役目の一つ何だと思います。じゃあ、自分はどうか?ということについては、生き方(背中)で見せるしかないですね。

そういう訳で「社畜」は自らのNGワードとします。似たような理由で「忙しい」も同様。自分の人生に要らない言葉との距離を取らないと。