「リーマンダンサーズ」カテゴリーアーカイブ

恋ダンスやAKBは踊れません

少し前、社内コミュニティ紙に寄稿依頼をもらい、久しぶりのカミングアウト。お題は・・「ダンサーさん、集まれ〜!」。。

季刊で、毎号「○○さん、集まれ〜!」という社内の色々な方の、えー知らなかった・・という趣味や過去を発掘する定番コーナーがあり、そこに寄稿した記事は・・・↓

ジャズダンスやヒップホップ、チアにバレエにフラダンス、果ては阿波踊り・・と色々なダンスのジャンルのダンサーさんが集結する中で社交ダンス枠を確保。

社内にも何人か社交ダンサーはいらっしゃいますので光栄なことです。(ちゃんと社交ダンス東日本代表の務めを果たせたかが心配ですが・・・)

大学の入学式で、きれいなお姉さんについていったらそこが雪国・・ではなく社交ダンス部だった・・というのは自分の中で整理されたダンスとの出会いのエピソード。

ここヒューストンでは、元ダンサー・・・という話をする機会も限られており、別に積極的に趣味の話も出していなかったので、え、そうなの?という反応もチラホラ。(特に米人の同僚達が記事に気がついて喜んでいました、レアな趣味なのかも)

まぁ、直ぐに踊れ・・と言われてもあまり期待に応えられないので・・このぐらいの抑えた露出でいいか。

久しぶりOB会@ヒューストン支部

気がつけば前回開催から2年ぶりとなりました、OB会ヒューストン支部の定例会(初回は→OB会ヒューストン支部)。

大学の部活後輩のD君、元気そうで何より。

近況交換し、ヒューストン事情で盛り上がり、仕事の話などもちょっとお互いに聞いてみたりしますが、結局僕らが行き着くのは大学時代のあの頃・・の話。全国大会や合宿、同期の消息にダンスバイトなどなど。

こうして社会人経験を積み、海外でも働いてみて、それでも戻るのは毎日汗みどろでさまざまな理不尽も横行していたあの頃。昔話をしながら、今だったらどうできるか、どうできたのか・・そんなことも考えてみたり。。。(どうやら自分はいまだに最後の冬全日にてタンゴ上決に行けなかったコトを悔やんでいるようです。。)

あの時の大事な仲間の皆さん、最近はどうしているかな。(一部のメンバーはFBで補足しつつ、他の皆は?)

こうして不思議な縁があるD君、群れないタイプであるのは重々承知ながら、今後もたまに会いたいものだと思います。FBI顔負けのプロファイリング能力を持つ彼女さんも次回こそお誘いして。

リーマンダンサー同窓会2018

記念すべき日本出張第一夜、到着早々に汐留のホテルに荷物を置いて向かった先はサラリーマンの聖地、新橋。

ここで久しぶりに会うのは、サラリーマンならぬ、僕の大事なリーマンダンサー仲間。2007年から約3年ほど、リーマンダンサーズを私的に結成して兼業ダンサー活動を致しました。(まとめは・・→リーマンダンサーのラストダンス〜第二幕終焉

社交ダンスと出会った学生時代の5年間に続く、社会人時代の3年間の競技ダンサー活動、涙と笑いが彼らと共にありました。

その後、それぞれに結婚し、家族構成が変化したり職場や勤務先が変わるなどリーマンらしく環境に翻弄され、現在に至ります。

■ J君の披露宴・・→リーマンダンサーの披露宴
■ F君の披露宴・・→ラストリーマンダンサーの宴

■ J君家族をドバイに訪問したのが最後か・・→リーマンダンサー飲み@ドバイ

学連ジュニアからよろしく、財団N級スタンダードからコツコツとダンスをやり直した日々が懐かしいです。アマチュアトップダンサーのきらびやかな世界は遥か彼方ではありましたが、練習後のビールの美味しさは格別でした。

今はそれぞれ目の前の仕事に夢中(滅私奉公)ですが、こうしたコミュニティの絆を切らさずに、またどこかでゆるーく再会&再開出来ればといいなとも。(果たして妻はシニアで再ダンサーデビューすることに付き合ってくれるのか?)

(顔より太もも。・・・という巨大広告がかかる日本って凄い)

自分のバケットリスト(俺のバケツ、人生のウィッシュリスト)には、社交ダンス関係では現在3つ入っています(随時更新ながら)。

■ 40. 妻と社交の場でダンスを踊る
■ 41. 一生社交ダンスとはゆるやかにかかわる
■ 42. 社交ダンスのパートナーがいて、競技会に再び出場する

こうした元ダンス仲間とのお付き合いもかかわりに含まれるかな。

■ 90. 娘達の結婚式で、娘とワルツを踊る

という大胆不敵な夢もありますが、さてどうなることやら。。。20数年後に向けて準備だけは怠らないようにしたいと思います。

踊らねぇ豚はただの豚か

かれこれ3ヶ月ほど社交ダンスのレッスンはお休み中です。

(社交ダンス日本一は高校生・・完全にボールルームへようこそ・・な世界ですなぁ・・)

単身だった2ヶ月含めレッスンに足が向かなかった理由は・・・それほどお金かけずとも他に楽しい時間の過ごし方がいっぱいあったから。

なかなか、週に45分間の個人レッスン1回とグループレッスン受け放題で130ドルという料金体系がしっくりこないのだと思います。自分は、初級者向けのグループレッスンに足が向かないので個人レッスンだけになりがちですし。(その時間があったら他のことをしたい、、仕事含めて)

先生は素敵ですしレッスンの時間そのものはとても充実するのですが、これで130ドルか・・という居心地の悪い感じもします。マンハッタンで高い日本食を一人で食べてしまった感覚と似ています。たまにならいいですけど、毎週だとやはり。(日本なら二回レッスンに行けるのになぁ・・・というところまで)

気が乗らないことはしなければよい・・ということで、もうしばらくは休業を継続しようかと。せめてまた踊る機会が来た時に、増量しすぎていないように・・というのも動機に加え、ジョギング、筋トレなどの適度な運動習慣をしばらくは継続出来ればと思います。

ただの豚にはならないように、との自戒をこめて。やっぱり、自分が踊る人、踊れる人という定義があるのとないのでは、違う気がします。(wantとcanの一致)

月一ダンサー

米国で社交ダンスを習ってみようというプロジェクトも昨年2016年2月のスタートからはや一年が過ぎました。

<これまでの経緯〜まとめ>
■ →体験レッスン予約
■ →個人レッスン代が130ドルに衝撃
■ →グループレッスン体験
■ →アメリカンダンスを味見
■ →初契約更改
■ →3ヶ月目
■ →個人レッスン12回終了

妻子が夏の帰省(日本語留学)から戻った昨年8月後半以降、出張頻度が少々あがったこともあり、月に1〜2回程度の個人レッスン、グループレッスンはもはや皆無というペースとなり現在に至っています。

2017年もまだ2回しかレッスンには行けておりません。

(夜は外からレッスンの様子が丸見え)

正直、結構お金もかかるし(自分のへそくりの日本円をドルに替えてレッスン代は捻出中)、平日夜も決して時間が沢山ある訳ではないし(忙しい、という言葉は自分の中ではNGワード)、2017年はどうしようかなー・・とも考えていたのですが・・

月1、2回のペースでのレッスン継続で結構、と開き直ることにしました。月一ダンサー上等。

考えてみれば、ゴルフだって2017年になってから1回しか行けてませんし(目標はコンスタントに月2回のラウンド+練習だったはずですが)、仕事や妻子との予定を優先してのスケジューリングならばそんなもの。(むしろ自分の趣味といえるものにまだ時間を使えているだけまし。妻に感謝しなくてはいけないところ)

たとえ緩やかでも、継続的に社交ダンスと関わり続けることを優先できればと思います。

これは自分のバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)の「■ 41. 一生社交ダンスとはゆるやかに関わり続ける」にもリンクしてきます。(→俺のバケツ

ちなみにダンス関連では「■ 40. 妻と社交の場でダンスを踊る」「■ 42. 社交ダンスのパートナーがいて、競技会に再び出場する」というのもありますが、まだ妻の了承は得ていません。

関連では「■ 90. 娘達の結婚式で、娘とワルツを踊る」という大胆不敵なものもありますが、これも当然了承は得ていません。当分は自主練習を細々と続けながら機会を待ちたいと思います。

月に1、2回しか顔を出さない不真面目な生徒は僕ぐらいなので、毎回 Long time no see!と声をかけられます。

仕事と完全に縁のない自分が所属できるコミュニティが米国でもあるというのはやはり貴重かも。(のめり込める程の時間は取れないですが)