「地球のさ迷い方」カテゴリーアーカイブ

あと3ヶ月でブロンズ〜BAの奴隷

ブロンズを目指して初年度疾走中のBAの奴隷です。(→ブロンズを目指す〜BAの奴隷)

(BA奴隷にとっての召喚ゲート、ヒースローのターミナル5)

累計で300 Tier Pointsを年度内に獲得し、なんとか最初のエリートステータスであるブロンズとなりたい。そう狙いを定めて始めた二度目のエアライン奴隷生活ですが(初回はヒューストン駐在時のユナイテッドの奴隷)、今回は欧州域内の移動距離が近すぎる問題にてかなり苦戦しております。

未だ機会はないですが、さすがに駐在期間中には1、2度はあるであろう日本への出張の際には日本の翼、ANAかJALを使いたいと思いますので、、BAの奴隷としてもがくのも欧州域内に限定。

Tier Pointsの集計期限は〜2025年3月末となっておりまして、現在は230pointsとなった自分は、年明けから残り70points(以上)を3ヶ月以内で獲得するのがミッションです。

幸いに、ほぼ毎週欧州域内のどこかへ出掛けて仕事をしようとしている環境なので機会は多数。あとはBAがうまくその機会の中でも、値段、時間で使い勝手が良い候補になるか、です。(基本、格安航空以外の中で最安値のエアラインから検討するタイプ)

聖闘士もブロンズから。
まずはクロス、ゲットじゃぁぁ。(少年ジャンプ黄金世代)

ぷらっとプラハ

先日のパリに続きまして、20年ちょいぶりの再訪となる街が幾つか続きました。1つ目がプラハ。チェコ共和国の首都です。

チェコにはロンドン赴任以来、何度も仕事で訪れているのですが(→よろしく、ピルスナー・ウルケル)、いつも仕事の用事で地方都市に空港より直行しており、プラハ市内に宿泊したのは先日が初めて。

昼の飛行機の時間までに少し時間があったので小1時間ほど市内を散策して、懐かしのカレル橋も渡ってきました。

20年ちょい前にプラハの春という外交官が活躍する恋愛小説?を読んで、この橋に行ってみたいと当時の研修赴任先であったドイツから向かったことを思い出しながら街をそぞろ歩き。

神聖ローマ帝国の首都、黄金のプラハと称された欧州の古都の威容は流石ですね。大戦の戦火にも大きく巻き込まれず、各時代の建築様式が残っていることから、ヨーロッパの建築博物館の街とも言われるそうな(当然、世界遺産)。

徹底的に破壊されて再生されたワルシャワやドレスデンなども訪ねたばかりなので、それぞれの街がたどった歴史の大きな違いに思いを馳せます。国としての歴史はなかなかにハードモードでビターなのは、中東欧諸国どこも同じです。ドイツやロシアにもさぞ色々物申したいことでしょう。

最近、少しずつ世界史への興味、好奇心が育っています。高校2年の授業で教科書でおさらいしたのがまとまった時間を投入した最後の記憶で、そこからは体系的に学び直す機会もなく(センター試験は日本史を選択)、断片的な知識や理解が脳内には雑多に散らばっているだけ。

今回の欧州駐在中、自分なりの欧州観というものを実地での体験含め養っていけると良いな、と思います。

パリだ!

珍しく、パリに仕事で出かける機会がありました。訪れるのは、はるか昔のドイツ駐在時以来なので、かれこれ20年ぶりのパリ詣でに自身の時の流れを感じます。

良く訪れるドイツのすぐお隣の国だけど、まず到着後に改めて思い知ったのが自らのフランス語の分からなさ。読めん。。。(確か、第二外国語に選択したはずですが、勉強しなかったので)

空港から電車を乗り継いで向かう駅名。3度目に見返した時に、ようやく、シャルル・ド・ゴール・エトワールと読めました。初見で普通にチャールズ・・とか脳内で英語で読み出していた。。

凱旋門を眺めて、シャンゼリゼを歩きルイ・ヴィトンに通りかかると沢山の中国人観光客と思われる皆さんが入店待ちの行列。日本から観光客が押し寄せた遠き時代に思いを馳せます。

フランスという国の欧州での立ち位置を、英国と比較しながら考えてみたり、そのアグレッシブな外交戦略を理解しようとするためにも、実際にその国の首都の空気を感じてみるのは重要だろうなと思います。

来年あたりには、家族でのパリのディズニーランド参拝とパリ市内観光も企画しなくてはとの思いをTO DOに追加しました。さて、時期はいつにしようか。

リンドバーグが「翼よ!あれが巴里の灯だ」と言ったわけでもなく、映画では「Paris!」というシンプルな言葉だったようで。

華やかなパリの夜景と喧騒を目の当たりにすると趣のある訳ですが、普通に考えれば「パリだ!」。

ドイツの古都ドレスデンちらり

エルベ川の真珠、19世紀にはザクセン王国の首都として栄えたドレスデンを家族で週末に訪れる機会が先日ありました。

市内中心部はわずか30分ほど歩いてみた・・ぐらいの一瞬の訪問ではありましたが、ザクセン選帝侯の居城の有名な君主の行列という壁画は眺めることが出来ました。

もう少し時間があればドレスデン城内を観光するなども出来たと思いますが、いかんせん前夜に気持ちよくドイツビールを飲み、ブランチでは泊まったホテルの近くのカフェで美味しくあれこれ頂いたので、あまり観光に時間を割かず。(我が家、あまり建造物などを巡るのにも時間持たずにて)

カトリック旧宮廷教会、聖十字架教会、聖母教会など、市内広場中心部には幾つか名所と呼ばれそうな威容の教会達が立ち並んでおり、流石はドイツの古都という風情です。(多くの歴史的建造物が第二次大戦で失われたというのは残念な限りですね)

(エルベ川を眺めながら一杯飲みたい・・)

ドレスデンを舞台にした作品、革命前夜という須賀しのぶさんの小説、冷戦下のドイツでの音楽家たちの成長を描いた作品に引き込まれたことを思い出しました。

その後、須賀しのぶさんの著作に手を出せておりませんでしたが、人気順に並べると欧州を舞台にした歴史小説が幾つかありますので、まずはもう1冊読んでみようかしら。

実際にその土地に足を運び、Wikipediaなどで歴史の流れを確認し、そして歴史小説でも味わい直したりする、そんな自分なりの楽しみ方の型を今後作っていきたいと思います。

初めてのワルシャワ

記念すべき→50カ国目の訪問となったポーランド。首都のワルシャワに初めて2泊してきました。

流石、東ヨーロッパらしい街の色使い。都心部の建物もどれも戦後復興なので新しく感じます。(口には出せませんが)

ポーランドの3大偉人といえば、ショパン、コペルニクスにキューリー夫人だそうです。先輩はキューリー夫人の代わりに、ヨハネパウロ2世を挙げておりました。確かにローマ教皇輩出も凄い。

その他にも、ヘンリク・ヴィエニャフスキ、ヘレナ・ルビンスタイン、ヤヌシュ・コルチャックなどのポーランド出身の偉人あり。こうして旅先で興味を持って、その国のことを調べてみるという循環は大事ですね。欧州では歴史を掘り返し始めたらいくら時間があっても足りないぐらい楽しめそうですし。

ショパンの心臓が柱の中にあるという聖十字架協会をチラリ。遺体はフランスのパリで眠るそうです。

Delicja Polskaというちょっとお洒落なレストランで、ポーランド料理も頂いてみました。伝統のスープとチョウザメをメインに選択、美味。食後の〆には地元のウォッカ、ズブロッカを。

せっかくなので酔い覚ましに都心部を1時間ほどナイトハイクしてホテルまで帰還。明るい大通りを歩く分には治安も問題ない感じでした。油断は禁物ですが。やはり歩くスピードで景色を眺めて、公共交通機関も使ってみると街が身近になってきます。

趣味のマイル&ポイント再び(2024年10月)

渡英から半年、海外駐在時ならではの、趣味のマイル&ポイントの日々が戻ってきました。

自身、ヒースロー空港に戻ってくると「家に帰ってきた!」と感じるぐらいには英国生活が身に刷り込まれて参りました。まだ年内、何回か出張予定を残すものの、マイル&ポイントの定点観測として、10月時の進捗具合を記録しておきたいと思います。

■ →BAの奴隷(新人)

引き続きのBA最下層民ですが、来年3月末までのブロンズ到達は視野に入ってきた気がします。現在のTier Pointは170ポイント。残り130ポイントでブロンズですので、どんなにしょぼい近距離でもいいので、あと7往復の出張機会があれば達成。まずは初年度にブロンズへ。そして翌年以降でシルバー獲得を狙います。

■ ルフトラウンジ改修中(おい!)

ヒースロー空港ターミナル2のルフトハンザのビジネスラウンジが来年1月まで改修中です。これによりドイツ行きのEurowings搭乗時、ANAのSFCカード効果によるスタアラゴールド利用が出来ません・・残念無念。(それであれば常にBAを使いたいですが、値差も激しいため、デュッセルはEurowings一択か。。)

■ JAL JGCへの野望・・

まだ妄想の域を出ませんが、JALのJGCになれないものか・・と。JALの制度改変(悪)により安直な修行はもう通じず、ライフタイムで30万マイルをJALで搭乗しないと、JGCへのクラスチェンジ案内は今後来ません。自分は、残り17万マイル、ロンドン〜東京12往復の計算。あと4年半で12回の日本出張は流石にないなぁ。

長距離でJALを選ぶと、ANAで25万マイル貯めて一時帰国作戦はクレジットカード利用のみで達成を目指すしかなくなります。そうなると、こちらの実現も難しいか。

なお、HiltonやBonvoyのホテル系ポイントは全然欧州では貯まらないので、ホテル系で上級会員となるのは難しそうです。米国生活では系列の安ホテルを使えたからであることを再確認。

・・でも、こうして再びマイル&ポイントを追いかける日々が戻ってきたこと自体が嬉しい。次のチェックポイントは3ヶ月後。

■ BA 170 Tier, 12,700Avios
■ JAL 3,000 MILES
■ ANA 72,000 MILES
■ UNITED 149,000 MILES
■ Hilton 9 nights, 57,000 points
■ Bonvoy 6 nights, 16,500 points

50カ国目はポーランド

人生50カ国目はポーランド。

20代の終わりに欧州で2年過ごした際に幾つか逃したうちの一国です。たまたま自分には訪問の機会が回ってきませんでした。

それが20年を経てようやく。首都ワルシャワの街並みを眺めながらのナイトハイクで、感慨深く思いを巡らせました。(当時は同国で馴染みのある都市名といえばクラコフでした)

何事も、百聞は一見に如かず。現地に赴いて分かること、実感出来る事がありますので、機会があって予算も許せばフットワーク軽くあちこちに出向きたいと思っています。

歳の数だけ・・という意味では、50歳を目の前にして50カ国、並走する感じとなりました。これからどれぐらい実年齢が追い付かないように貯金を作れるか。

■ 海外100カ国訪問プロジェクト・・50カ国目。海外滞在は累計で約9年ほど。

20代・・香港、マカオ、韓国、ニュージーランド、米国、オーストリア、ボスニア、クロアチア、インドネシア、ヨルダン(のべで3ヶ月超)、イラク、ドイツ(デュッセルドルフに2年の駐在)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランス、スペイン、ジブラルタル、スイス、フィンランド、英国、チェコ、ハンガリー、イタリア、バチカン、ギリシャ。

30代・・ベトナム(10ヶ月の長期滞在)、タイ、ラオス、カンボジア、中国、メキシコ、ロシア、台湾、カナダ、フィリピン、グアム、マレーシア、シンガポール、トルコ、オーストラリア、UAE。(2014年4月から米国テキサス州ヒューストンに丸5年の駐在)

40代・・スリナム、バハマ、ノルウェー、パナマ、ホンジュラス、インド、モロッコ、ポーランド(←今回追加)

*初上陸順。1996年の返還前に訪問した香港とマカオを、中国とは別で数えています。英領ジブルラルタルと米領グアムも国ではないですが、地域としてカウント。

目指せ、マイルで日本一時帰国

マイラー活動の一環として、ANAで25万マイルを貯めて家族の日本一時帰国実現を目標として設定してみました。(→新たな目標はANAで25万マイル)

2024年4月時点で完全に0マイルからスタートして、自身の渡航時のマイル(ビジネス片道)、日本発行のANAカードでのマイル獲得で早々に5万マイル。

ここに自分のエコノミー往復の出迎えマイルが加わって6万5千マイル、さらに家族渡航分はファミリーマイル強制徴収が発動し合計で9万2千マイルに。出足は好調です。

時期的には、駐在5年目となる2028年(3年目の2026年夏はエコノミーでの一時帰国費用が補助される)がターゲット。丸4年もあれば、なんとか残り16万マイルをANAで積み上げられないか。

自費でエコノミー帰国しただけで35万円。4人がマイルで帰国出来れば150万円弱の家計の支出抑制となりますので、よく知恵を巡らせていかなくては。(航空券が高くなりすぎです)

欧州域内でスターアライアンス系の航空会社に乗ってANAにマイルを寄せてもミジンコみたいなマイルしか貯まりませんので、やはり頼みの綱は日本のANAカード利用と思います。(旅行などの大きな出費にうまく日本のANAカードを充てる作戦)

円安ポンド高といいつつ、円も最近はやや円高に振れていますので円払いカードの行使のタイミングは一定見定めつつ。

あとはブロンズ聖闘士としてBAをどう頑張るかの二面作戦です。

■ ANAマイル  9.2万マイル
■ Unitedマイル 15万マイル

YOUは何しに日本へ?→美味しい日本食

「YOUは何しに日本へ?」の類の番組を観ていると多くのインバウンド観光客の皆さんの楽しみが、美味しい日本食を楽しむことです。自分も3ヶ月でも日本を離れると、その気持ち分かる〜。

天せいろ、サイコ〜。家族4人で食事して1万円、50ポンドとかあり得ないし、、と突然脳内はポンド換算に。

引越作業の合間に吉野家の牛丼大盛り。5ポンドあり得ないし。

予約でいっぱいの人気のお寿司屋さんのカウンターで思いっきりお寿司頂いて、日本酒もしっかり飲んで、1人あたり1万5千円って完全にあり得ないし!(パパママ、ご馳走様でした!)

食事のためだけに日本に訪れても、1週間も滞在すれば元が取れる気がしました。そりゃ、食べるのが好きな方にはパラダイス。

6月の訪日外国人数は過去最高の300万人を超えたそうですが、まだまだ来そうな気がしました。(我々が一時帰国しづらくなるのは困りますが、景気のプラス材料にはなって欲しいもの)

これから数年、日本を離れて応援です。

預け荷物数の限界に挑戦

今回の妻子帯同のフライト、国際線への預け荷物数の限界に挑戦してきました。いやぁ、重くて大変でした。。

妻と娘2人、通常であれば預け荷物は各人2個までなのですが、今回ANAの海外赴任サービスの赴任コンポを申し込むことで、個数がさらにプラスで2個されます。ここまでで、3人x4個の12個。

さらに妻がANAのSFC家族会員なので+1個で13個。これに私が単身帰国して加わって+3個。合計でまさかの16個が預け可能に。

これをビジネスクラスの最大32キロ/個で揃えると、理論上は512キロが最大預け荷物重量となりますが、スーツケースですら30キロぐらいになると重くて車輪が回らなくなりますので、10〜20キロ程度に収まるように分散収納しました。

赴任直前の3日間はホテルに泊まったのですが、荷物が溢れすぎて一部は妻の両親の車内に保管頂き、羽田空港に向かう早朝も車2台で向かうことに。

チェックイン時は4台のカートが行列に加わりました。

スーツケース大が4つ、中が1つ。あとはバッグやリュック、イケアのバッグに段ボールを組み合わせた簡易バッグなどで250キロ近い総重量となりました。さすがに運ぶだけでヘトヘトに。

(20時間近くかけて無事にロンドンの新しい我が家に到着)

人生でこれだけの預け荷物をハンドルするのもこれがきっと最初で最後だと思うと感慨深い体験でした。とっても大変なのに、朝からにこやかに対応頂いたANA出発カウンターのグランドホステスさん達には心から感謝です。

英国入国時の税関検査を避けるべく剥き出しの段ボールはゼロにしようと頑張りましたが、結果としては周囲の赴任ご家族の段ボールの山も誰も止められず、nothing to declareの緑入口を颯爽と通過出来ました。(仔細に確認されても困るもの無し。カレーのレトルト製品が一部取り上げられたかも。)

ちなみに、アルコール度数22%以下の種類は大人1人で9リットルまで持ち込み可能。ということで、妻分と合わせて16リットルほど日本酒を持ち込みました。これぞ宝の山。