そしてポンドが残った。
家族全体としては2024年4月から2025年12月下旬まで続けたポンド生活も手仕舞いです。今しばらくはポンドでの清算作業が残りそうなので、メインバンクのHSBC口座は残していくことに。
英国非居住者となった場合、当面はOKのようですが、いつまで維持ができるのかは正確にはあまりわかっておりません。(米国のケースでは結局口座解約が求められました)

1ポンド200円オーバーで考えると日々目眩が止まらないので、1ポンド100円と自分たちに言い聞かせて、それでもちょい高だよねーと暮らした日々もいつか懐かしく感じることでしょう。
家族でのディズニークルーズや、自分の趣味の社交ダンスのレッスン代は勿論ポンド給与では賄えなかったので、クレジットカードで円払いにしたり、日本から定期的に送金したりで凌ぎました。その結果として、口座にはポンドが少々残ることに。

これでドルが2.5万ドル、ポンドが1.5万ポンド。どちらも価値としては円換算で300万円ちょいの外貨資産。近い将来、娘達がちょっと海外に短期留学したり、旅行に出かける際の生活費引き出しの足しになれば良いな…と思ったり。
ロンドン借家のデポジットも、現状復帰に150ポンドだけ引かれて、ほぼほぼ1ヶ月分の家賃相当が戻ってきました。口座維持のために英国のeSIM携帯番号維持の毎月20ポンド引き落としは残しますが、これも数年したら止めてもいいのかな。(忘れそう)
振り返ると2024年4月から2025年10月末まで、18ヶ月ちょっと英国に暮らしました。
ご近所の食料品店、床屋、クリーニング屋に顔馴染みができて、日本人コミュニティ中心ではありましたがロンドン市内に友人の輪も広がり、毎日シティの中心部に通勤する生活。

仕事の成果はまだまだでしたが、趣味の社交ダンスでは逆にアジア人が殆どいない中で8ヶ月ほどどっぷりと楽しむことができました。プロアマ戦50代の部で英国内2位、世界三大大会にも出場という思い出も。

ヒースロー空港の灯りが見えると家に帰ってきたなと少しホッとする感じ。地下鉄のこもった熱気が身近な匂いになる感じ。そんな小さなことの積み重ねが、暮らしの実感だったりします。

スコットランドのハイランドやコッツウォルズ、リバプールなどには足を運べましたが、まだまだ訪れることができなかった地域や都市が山ほどあります。全てを体験することは無理ですが、確かに家族で英国で暮らした、とは言えるかなと思います。

こうして、東京での暮らし、米国での暮らし、また東京での暮らし、英国での暮らしがちょっと挟まって、これからは中国での暮らし。家族の歴史の一ページが、伝統ある英国で紡げたこと、誠に、ラッキーでした!
ポンド高で家計的には節制の日々ゆえ、妻子には少々負担もかけましたが、それでもプライスレス!だったと思います。
ワムの定番ソングにのせて、ロンドンでのラスト・クリスマス。
ポルトガルのリスボンからロンドンに戻り、クリスマスイブの夜はロンドン市内で過ごして、空港内ホテルに泊まり、翌朝のフライトで中国へ飛び立つという忙しい2025年。ロンドンともこれで暫しのお別れ。(今生の別れにはしないつもりです)

過去、デュッセルドルフ、ハノイ、ヒューストンと、自分が1年以上暮らした街を離れる時には、どこか現実感がなく、またいつでもすぐにここに戻れるような気持ちで離れるのですが、実際は再訪するまでに結構時間が開いたりするので、ロンドンもそうなのかな…と思うと寂しい気持ちになります。
クリスマスイブは、ロンドン生活で仲良くさせて頂いた友人宅で一緒に別れの宴を楽しみ、また東京での再会を約束。

私の希望でNetflixで配信開始されたばかりの「10DANCE」を皆で視聴したのですが、果たしてそれで良かったのか。(ダンサー的には大変興味深い意欲的な作品として喝采を送りました)
メリークリスマス!
リスボン市内観光の備忘メモ。
また再びリスボンを訪れる日が来るのか、来ないのか。次のポルトガル訪問があれば、もう一つの都市ポルトを訪れてしまいそうなので、次回は、ずっと先になるかもしれない。人生、一期一会ですね。


リスボン港を城から見下ろしながら、ここから大航海時代に船が出帆して行ったのかと妄想してみます。


坂を下りながら、トラムに轢かれそうになったり、缶詰をお土産に買ったり、しっかりと観光客の役割を果たします。


お土産のポルトガルワインを何本か買い求め、ついでに年代物のポルト酒を量り売りで試飲。50年物まで飲んじゃいました。


夜はファドという地元民謡の生演奏の店に。哀愁あふれる歌が多かったですが、幾つか陽気なナンバーもあり、幅広さを感じました。ポルトガルギターの伴奏者の方の技巧が素晴らしくて感動。




翌日はリスボン市内にある世界遺産のジェロニモス修道院も観光。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見を記念しているそうですが、まさに大航海時代のポルトガルの繁栄を体現する壮麗な建築でした。こんな素敵なものが16世紀に作られたとは。
クリスマス時期で観光客も多く。入場のために小一時間待ちましたが、それだけの価値がありました。

(毎日エッグタルトを買いまくり)
3泊4日の中2日程度ではとても回りきれないですが、回り切るのが別に目的でもないので、リスボンってこんな感じだったなぁと家族でいつか振り返ることが出来るのが収穫です。
ポルトガルの首都リスボンでの3泊4日、お目当ての中心は美味しい食事。それもやっぱり魚介です。
到着日初日の夜、狙っていたお店が痛恨の予約満席。止むを得ずお腹を空かせた家族を引き連れて、アポ無し突撃です。孤独のグルメの吾郎ばりに嗅覚を利かせて店を選びます。

…む、ここだ!

飛び込んだ大衆食堂が狙い通りの当たりで、ここまでの引越のドタバタと移動の疲れが癒やされました。エビにタコ、そして干し鱈・バカリャウのグリル。この干し鱈がなんとも美味しくてすっかりファンに。

(これは、また違う日の干し鱈)
画像が残っていませんが、タコを使った海鮮雑炊というかリゾットのような一品が胃に優しく沁みて、絶品でした。後で調べると、アロース・デ・マリスコというやつだったのかな。
翌日は、もう少し小綺麗なお店で少しばかりよそゆきの魚介料理。前菜のタコ尽くしに加え、ロブスター入りの地域の名物鍋料理カタプラーナまで奮発してしまいました。



カタプラーナは、この貝のような形の銅鍋で蒸し煮となるのが特徴のようです。沢山の魚介から出た味が濃縮したスープをご飯にかけて食べると、めちゃくちゃ日本人好みの味に。
魚介に合わせるのはヴィーニョ・ヴェルデという微発泡の爽やかな白ワイン。ポルトガルでは毎食、夫婦二人でワインを1本から2本空けていたような。
日頃の魚介不足がすっかりと満たされました。
よく食べ、よく飲み、よく踊る、中年男子のライフログ〜人生の達人を目指して生きてます。2026年〜中国在住。