「自己実現マニア」カテゴリーアーカイブ

ビジネスマンは体調管理が命

常々、歯だけではなく体調管理が大事と思っています。仕事もプライベートも、体調良くないと120%でコトに当たれません。

(兄弟はいませんが、団子)

統計的手法を持ち出すまでもなく、弱いのは季節の変わり目。
特に暑さがましてクーラーが導入される時期。

ヒューストンは早くも70度(華氏)を突破してクーラーが稼働を開始。すると木曜夜あたりから体調に異変が起こり、金曜は微熱で仕事。

金曜夕方から本格的に発熱し、結局、土曜は終日グタリ、日曜午前にようやく復調。なんとか月曜朝からは元気に仕事、火曜よりのNY出張につなげられました。

仕事は穴開けなかったけど、週末の家族予定をあやうくドタキャンするところに。なんとかだましだましサンアントニオへのドライブ旅行は完遂出来ました。(ヒューストンにいようがサンアントニオにいようが、体調悪いのは一緒)

具合悪いとビールも食事も美味しくないし。(幸いに体重は減るけど)引き続き睡眠時間と体調の管理には良く注意を払っていきます。

今から30年

たまった日経や日経ビジネスなど読みながらつらつら考える。


(回らないスシローが目黒に!?)

現在40歳、今から30年を現役で働き続けるためには何が必要か。どこに自分の強みをもっていくか、何を狙っていくのか。

現在の会社で仕事が面白そうなのは、残り、よくて10年、うまくいっても15年。自分が打ち込める仕事は、自分で探すしかなさそうなのが現状。

30年を2分割して、前半15年を組織の中でより経営に近づく部分で送り、後半15年は個人事業主として好きなことをやってみるというのが漠としたイメージ。

組織を離れた瞬間に、今まで自分の力と思ってきたものが全て剥がれ落ちるという展開がお約束なので、そこは良く現実を見極めながら、、ですが。

大筋の方向性は意識しつつも、常にプランB、プランCを用意しながら。養うべき家族抱えてますので、したたかに、しぶとく。

異文化チームマネジメント

チームメンバーの一人が本日最終出社日。
さよならランチ会。

年齢も出身もさまざまな構成なところにアメリカの多様性を感じます。様々な国から星条旗の下に集った人々を束ねる懐の深さ。(一部の意思決定はきっと相当クローズドなところで行われているだろうけど)

チームの仲間も仕事に向ける思いやキャリアビジョンは様々。人生で多くの時間を過ごす彼らの今の仕事の環境を整えるのは自分の責任。

試行錯誤の日々ですが、良い挑戦をさせてもらっています。まさか40歳にして初めて本当の部下をもって、それが日本人じゃないとは。

欠員分の募集をかけるとこれまた多様なレジュメが集まります。良い縁に巡りあえますように。

あれから、もうすぐ14年

12年ほど年次が上の上司がヒューストン来訪。過去に濃い接点があった方なので我が家にも招かせて頂きました。


(裏庭で炭に火を起こす際にドライヤーを活用するという画期的ひらめき)

接点とは、自分が社会人3年目の時に中東に1ヶ月ほど一緒に出張した経験。殆ど初対面だったKさん(海外赴任先から帰国したばかりだったので)。

当時、自分が27歳ぐらいだったので、Kさんは39歳。朝から晩までの現場仕事、移動も多かったタフな仕事だったのですが何とも懐かしい記憶。

気がつけば自分が40歳、Kさん52歳、時は確実に流れています。小学生だった娘さんも社会人になっているし。(当たり前か)


(リブロースとサーロインです)

久しぶりにじっくり話をする中で、自分はこの14年でどう成長したのかな、と。環境の変化は沢山あったのですが、肝心の自分自身はどうだったかな、と。

そんなことを色々と考えめぐらせ、過去の自分にも向かい合ったような気がします。あの時の仕事がとてもとても印象的なのは忘れられない記憶とセットだから。

でも意外と普段は忘れてる気もするな。

■ 家飲み食堂☆ヒューストン(2014~) 21宴目

桁外れの結果が出ない人

久しぶりの燃料投下目的での自己啓発系ビジネス書。

桁外れの結果を出す人は、人が見ていないところで何をしているのか/幻冬舎
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サンリオ常務取締役の鳩山玲人さんは、自分と同じ1974年生まれ。三菱商事に入社しハーバードMBAを取得しサンリオへ入社。(え?って感じですが)

海外事業を担当しハローキティのライセンス収入を飛躍的に伸ばした立役者。もう、圧倒的な人生や仕事へのコミットメント、そして気合と矜持。

こんな方の実践してきたことや心構えを聞くと、自分ってホント怠惰だなぁと。桁外れの結果が出る訳もないことが非常に腑に落ちる訳です。

鳩山さんのご自身の原動力となっているのはお父上の死。海外出張中に過労で倒れ、40歳と3ヶ月で亡くなったそうです。

その結果、40歳までに何かを達成しなくては・・という強い焦燥感があったとか。なるほど。。

自分の場合は、過労とは程遠いところで、春スキーを楽しんでいる時の事故で、53歳で亡くなった父がいます。

その53歳という年齢をどのように迎えるか、その時どんな世界が広がってるか、という点には拘っている自分がいます。(焦燥感を感じたことはありませんが)

(君達が嫁に行くぐらいまでは働かなくてはねぇ)

今から25年から30年、どうやって働いていこうか、生きていこうか。その通過点として、近づいてくる53歳を意識していたことに気付けました。

良い気付きの機会を頂けた鳩山さんに心から感謝。既に第一線で活躍する同年代にエールを送りたいと思いました。(自分も頑張らねば!)

■ 20冊 (2015年)