そろそろ踊りたい。(前回→プロアマ戦にエントリー)
いつもの教室でホームパーティーを開催すると伺いまして参加表明。ついでに、妻子にもお願いして参加してもらいました。
もともと土曜日は習い事デーで、娘達を歌やダンスの習い事の教室に連れて行くのが常ですが、この日の締めくくりに、パパが通う社交ダンス教室へ妻と小学生の娘二人をご案内。
はい、「ここがパパの習い事の教室ですよー」ってハトバス。
パーティーのダンスタイムでは、うちの娘達も先生方が簡単なステップを教えて連れ出してくれたので、緊張しながらも退屈せずに過ごせたのではないかと思います。(ありがたや)
そして、トライアルという生徒が先生と2組ずつ踊るパートで、私もワルツとタンゴを踊り、娘達の目の前でパパが踊る姿を初生披露。(これがこの日の主目的でした)
踊れるのは王子様や野獣だけではない。(キリッ)
そのまま、他の生徒の皆さんのミニデモ、先生方による圧巻のプロデモも間近に観てもらいました。社交ダンスとはゆるやかに関わり続けたい・・と願う自分にとって、趣味として社交ダンスを続けるためにも、家族の緩やかな理解が必須です。
この日は、ホテルほど大袈裟じゃない、教室でのパーティーという良い機会で、手頃な導入になったのではないかと思います。
2022年7月より完全に周回遅れで食べロガーにデビューして1年が経ちました。(→食べロガーに今頃のデビュー)
この1年で、抜けている記録も少しはありますが、昼と夜の外食の記録の累積が、なんと198件に。(再訪もカウントしてます)
■→食べログのマイページ
自分でもこんな回数の外食をしている自覚はなかったので軽く驚きました。そして殆どのお店が1回だけの訪店だったりします。結構、新規の開拓を繰り返しているものなんですね。

(東京都だけで150店を開拓)
全国47都道府県でみると13都道県に足跡を残すことが出来ました。スタンプラリーのようで楽しい。。
各ジャンルごとの100名店や、ゴールド、シルバーなどのトップクラスに食べログでの点数の高いお店に殆ど訪れていない事実も分かりました。別に点数だけでお店を選んでいる訳ではないので当然の結果ですね。主に読みたいのはコメントです。
自分が行きたいと思う店に、自分なりの判断軸で行く。食べログの点数もちょこっと参考にしながら。
さて、本日昼の飛行機で北海道の母も田舎に帰ります。
賞与支給後(→ボーナス頼みな家計運営)、しばらく切れっぱなしだった財布の紐を再度締め直し、夏休み戦線に向かいたいと思います。
紐が切れた理由。賞与支給というより、実は株価が全体的に上がったことによる未実現の総資産増に少々気が大きくなった・・ということかと思います。個別株の配当金もあったりしましたし。家計簿男子としては、お恥ずかしい話でありますが。
ピークから既に200万円ほど個別株の時価も目減りしたので(使わないうちに)、気持ち的なお祭り期間も終了とします。これでも数ヶ月前と比較すると随分と個別株の時価はあがって資産総額は増えましたので、バフェット様にはただ感謝。(また一段下がるかもですが)
ここ暫くは、気持ちよく趣味や親孝行にお金を投下しましたし、楽しい時間でした。今後はしばし緊縮モードで過ごしてみて年間で全体のバランスをとっていきたいと思います。
今から8週間ほど〜9月上旬まで、ひそかに私は倹約家モードで行ってみます。気持ちの持ちようで変化が出せるかを検証です。
宮城県女川町は東日本大震災で大きな被害を受けました。そんな女川で、水産物の製造、加工に取り組まれている片倉商店さんが運営する仙台市内の片倉うに屋に先日お邪魔してきました。

(官公庁街に佇むモダンで開放的な外観)
まずは暑い中を歩いてきたのでトリアエズ生で渇きを潤したところ、いきなり出てきたのがお通しのうに茶碗蒸し。

そうですよね、夏が旬の女川のうにを食べなさい、と。

というわけで、北紫うにのうに刺しをおしいただきました。ミョウバンもゼロな自然な甘味に溢れた滋味深い味を堪能。
さらに旬の刺身三種盛りをオーダー、ここにうにが含まれていないことを確認し、うに刺しをもう一皿追加でオーダー。


すかさず地元宮城の日本酒を横に緊急配備。

揚げたての女川のカキフライも頼んでみます。やばい、うにが美味しい、牡蠣が美味しい。うますぎです。。。

ホヤも驚くほど美味しい。このちょっと果物のような甘さと後口の苦さがたまりません。ポン酢で頂きました。

蒸したうにも頂きました。火が入ると甘みがグッと増します。そして、そろそろ真打に登場してもらいましょうか。先生、お願い致します!

うに丼(並盛り)、ドドドーン。
片倉商店の自社潜水漁で獲ったうに達をありがたく頂きながら、宮城県女川の復興を心から願います。私ごときに出来ることはこうして美味しくうにを頂いて、喜んでお支払いするぐらい。
まずは、ここから。
母と弟と一緒に、埼玉県に暮らす叔母に会いに行ってきました。自分が、中学2年から高校卒業するまでの5年間、北海道の田舎から出てきて家族で埼玉の郊外で暮らしました。
あまり変わらない東武線の駅、昔暮らした家を眺めて、叔母と近所の珈琲店でおしゃべり。盛り上がる75歳の姉妹を置いて、弟と二人で近所の小学校と中学校を散策。今も変わらず、でした。

中学2年で転校生としてやってきた中学校の校門、懐かしい。もう35年前の話だというのに断片的な思い出が蘇ります。
今の自分だったら、勉強も部活も人間関係も、もっと上手くやれそうな気はします。でも、そうしたうまく出来ない時間と経験が蓄積したからこそ、現在の自分に至るわけなので、やはり人生に必要な時間だったのだとも思います。
この校門前で好きだった女の子にもらったバレンタインのチョコ、心底驚いたし、あれは嬉しかったなぁ・・。そして1年後に卒業する時にはやっぱりフラれていたなぁ、とか懐古。
あれもこれも、人生の一大事だと大騒ぎした中学校時代の全てが今考えるとほぼどうでも良いことです。でも、やり直しができないからこそ、大事だったと言えます。
よく食べ、よく飲み、よく踊る、中年男子のライフログ〜人生の達人を目指して生きてます。2024年〜ロンドン在。