ダラスで回転寿司〜Kula Sushi(くら寿司)

サンクスギビング連休を利用して家族でダラスまで遊びに行ってきました。ヒューストンから車で4時間弱の距離。旅の思い出(主に美味しかったもの)を何度かに分けて紹介させて頂きます!

まずはジャパンテクノロジーも極まれりと感動した「くら寿司」から。回転寿司って英語でなんと言うかご存知ですか?ローリング?違うんです、その名も、Revolving Sushi Bar!

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(ちょっと遠景過ぎてすみません)

くら寿司は日本ではスシローに続く第2位の大手回転寿司チェーンで米国では10店舗を現在展開しているようです。(あとは台湾に4店舗) 1位のスシローも、3位のかっぱ寿司も海外展開の情報がさほど出てこないので、おそらく、くら寿司が最も先行しているものと思います。

日本ではおなじみの受付システムにてチェックイン。自分達の前に18組が待っていて予想の待ち時間は40分。ちゃんと順番が近くなると登録した携帯にメッセージが来るなど行き届いてます。(待っている間は同じモールのDAISOでお買い物)

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(タッチパネルの注文に興奮する娘達)

まずは独自のカバーシステム「鮮度くん」を開け中の皿を取り出す練習から。そしてタッチ注文の仕組みを確認し、いざ参戦!

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タッチパネルの注文が素早く届くオーダーレーン。シュッと届くたびに次女が「おぉぅ」と大興奮。(他のお客様の注文が通り過ぎるのにも「あぁぁ!」と反応。うちのじゃないから。。)

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お寿司自体はちょっと全体に握りが緩め。もう少ししっかり握っても良いのでは?というのが感想。全品サビ抜きでワサビは別に出るのですが、このワサビの美味しさには驚きました。(売りの一つだそうです。他には無添加とか出しや醤油にこだわりが)

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ネタは限られた当地の食材をうまくやり繰りして頑張っています。自分の一押しはヒラメの炙りエンガワ。(この内容で、ほぼ全品一皿2.25ドルの値付けは相当リーズナブルだと思います)

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日本ではびっくらポンとして知られるお皿5枚を入れると色々ゲームが出来て景品が当たるシステム。当地では15枚のお皿で必ず景品が貰える仕組みへと変わっていました。(長女に30枚食べるようエールを送られるも20数枚で息絶えました)

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長女も次女もよく食べ、〆のデザートもちゃんと頂き、お勘定するとチップ込みで90ドル。このクオリティを考えるとリーズナブルなり!の一言。なにより日本から持ち込まれた最新鋭の回転寿司の仕組みが楽しすぎて遊園地で遊んでいるみたい。

くら寿司は引き続き全米で店舗数を順次増やしていく計画ということですので、ごく近い将来にヒューストンにも出店頂くことを心より期待しております!

感謝祭でも糖質制限(ターキー)

感謝祭(サンクスギビング)当日に七面鳥の丸焼き(ターキー)を食すという見事な米国流の過ごし方がお向かいのご家族の親切なお誘いにより実現。

我が家は渡米1年目のクリスマスにターキーを焼いて以来、その巨大さに少々敬遠してしまっていたのでした。(あの時は数日かけても食べきれず、結局最後はサヨナラ・・)

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(入念にターキー内の温度をチェックするBさん)

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(よし、そろそろだ!)

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(これで約20パウンドですから、9キロ、どんだけ!?)

カナダ出身のBさんによると、ターキー内の温度が165度(華氏、摂氏では74度)になったら食べ頃なのだとか。ここまで実にオーブンで約5時間。下拵えも含め実に手間のかかるお祝い料理。

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(他にも奥様のAさんの手料理が色々と並びました)

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B家のターキーは、ネックを煮出して作った特製グレービーをたっぷりかけて頂くのが流儀というので従いました。うん、美味しい!(本人はちょっと火が入りすぎたか・・と悔しげでしたが)

以前はチキンの胸肉は勿論、さっぱり淡白なターキーは苦手としていたのですが、最近の糖質制限生活を経てあっさりチキンを食べる機会が多かったからか、何の抵抗もなくターキーを楽しめる自分がおりました。また一歩、味覚がアメリカン化したか・・。(妻も同様の発言)

それにしてもテーブルを囲むB家友人つながりの輪は、カナダ、イタリア、中国、韓国、日本という感じで出身はバラバラ。肝心のアメリカ人がいないなぁ・・という話となったところで、うちの息子達は米国生まれだからアメリカ人だ!というオチに。また一つ移民国家アメリカを体感。

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(ケーキは見るだけで持ち帰り)

翌日からの小旅行の運転があるので、飲みすぎないようセーブしていたのですが・・最後の〆のアイリッシュカフェとテキーラ、食後のウィスキーの3連コンボにしっかりやられてしまい帰宅と同時に居間で寝落ち。翌日妻に厳しく叱責を受けました。

・・・でも体重は予定どおり減っていてラッキー。

42歳になりました

42歳になりました。

気がつかないようにしておりましたが、数え歳での42歳(通常の数え方だと41歳)の本厄の一年を無事に過ごすことが出来て良かった。(別に信じてもないけど)

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(年に1回鑑賞するレミゼが活力をくれます)

8月に日本で受けた人間ドックにて便鮮血が発見されしぶしぶ大腸内視鏡検査を受けたらポリープが2個発見され即日切除。その後の検査でいずれ癌化するタイプだったことが分かったぐらいですので、むしろ大いにツイてる一年だったと言えるかと。

米国駐在生活は3年目に突入、期間を丸5年と想定すると折り返しを過ぎました。目に見える成果をあげたいと焦る気持ちもありますが、焦ったところでなるようにしかならないか。

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(起きると居間に何やらお祝いセッティングが)

自分の力の足りなさを思い知る一方、どうせあと10数年しかこの職場で大いに働く機会も時間も残されていないのだから、大いに自分がやりたいようにやればいい、という開き直りの気持ちも。

何かと負担をかけてしまう妻には頭が上がらないものの、一番身近な赤の他人である彼女との距離が少しずつでも縮まり、分かり合える部分が互いに増えれば良いなと思うことしきり。出会いから8年、まだまだお互いに新たな発見があります。

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(3人の女子達の為に毎日仕事しています)

自分は果たして5歳と2歳の娘に父親としてどのような価値を与えることが出来るのだろうか、どのような世界を残したいと思って日々を生きているのだろうか。そんなことをツラツラと考えたり、考えなかったり。

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しかし、42歳だなんて、どう考えても中年のおっさんの年齢だと思っていましたが、なってみた本人からすると意外と重みもありませんね。江戸時代だとそろそろ家督譲って早めの隠居も出来るかもしれない歳だというのに。

また新たな1年、ブログ共々、宜しくお願い致します。

US CPA試験範囲踏破プロジェクト終了カウントダウン

ながながとしたタイトルを書いてみましたが、要約するとUS CPA挑戦に挫折したのでそろそろ手仕舞いしま〜す、という意味です。(あらためて言葉にすると情けない)

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振り返ると2015年5月にやや唐突に思い立って(なぜそんなことになったのか今となっては不明。単なる勢いか・・)US CPA受験をすることして教材にお小遣い50万円をぶっこんだのですが(→US CPAにトライ)、とてもとても、必要と言われる勉強時間1,000時間を仕事しながら捻出するだけの日々の気合も、要領よく勉強していく器用さも、そもそもの地頭も、さらには根性もありませんでした。

なんとか遅れながら当初計画にしがみつけたのは最初の英文会計入門と財務会計FARの途中まで。ようやくアラスカ州でCPAを受験するのに必要な財務・会計の単位がオンラインの試験突破で集まったぐらいで、ほぼ試合終了。(つまりは諦めモードに)

確かに4教科を順番に受けて、絶対評価で各75点を取れれば合格という仕組みは・・地道にやれば突破出来そうな印象を最初はもったのですが、いかんせん各教科で1,000題以上の出題問題パターンがあり、この大量の情報がスムーズに頭に入っていきません。覚えるそばから忘れていく感じ。

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(もう昔のように記憶力もよくない・・)

財務会計FARが特別つまらないのかと思い、目先を変えて監査AUDやビジネスBECもやってみたのですが、どれも絶望的につまらないし。。

そんな訳でスタートから1年たった2016年5月に、せめて試験範囲をグルッと勉強するぐらいまではやろうと、突破から踏破に目標を大幅にグレードダウン。(→US CPA試験範囲踏破プロジェクト

これだけでは動機付けが弱いかなぁと思いアメも設定(→苦手な勉強をするにはアメが必要)。ところがアメの発売日が2ヶ月遅れることになり、そのためプロジェクト終了期限を妻の両親(パパママ)が来ヒューストンする12月上旬に再設定、発売直後のアメの搬送をお願いしました。

期間限定とすることで自分に鞭打って、少しでも(一定の)目標達成に近づきたいと思います。最終的な総括(振り返り)はまたあらためて。

■ US CPA勉強・・累計165時間

初ゴールド到達〜ヒルトンオーナーズ

9月末の時点で照準に入ってきたヒルトンオナーズのゴールド会員ですが、予定より少々早く無事に到達。(→ヒルトンオナーズ〜ゴールドまで@少し

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11月半ばで累計41泊・・・随分と出張して家を開けてしまったものです。。(他グループのホテル利用を併せれば年間約60泊ぐらい!?)

留守を守ってもらった妻には全く頭があがりません。せめてもの救いは、以前は妻も属していたヒルトングループへロイヤリティを多少示せたことぐらいでしょうか。(別に求められていない?)

新卒でコンラッド汐留のオープニングスタッフとして5年働き、バックオフィスの予約担当もしていたこともある妻に言わせるとゴールドなんてまだまだヒヨッコでダイアモンドメンバーになってようやく常連という感じのようです。(年間60泊以上)

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(上には上がいる)

さて、これで何が変わるかと言うと・・あまり何も変わらないようなのですが、今まで宿泊時に水をタダではくれなかったハンプトンインが水をくれるようになるらしいとか・・ヒルトンだとグレードの高い部屋が空いてればアップグレードしてくれるとか・・そんな程度のようです。(まだゴールド会員としては未宿泊の為、未確認)

ポイントは今まで使ってないので14万ポイントほど貯まっており、いずれ家族と一緒に使ってみたいと考えています。米国にいるうちでもよいですし、日本帰省した時にまたヒルトン小田原のコテージとかに泊まるのもいいかも。(前回は妻の昔の同僚の先輩がいてお世話になりました)

ユナイテッドのプレミア会員ゲットに続いての、ちょっとした出張生活へのご褒美でした。(→ユナイテッドの奴隷〜次年度プラチナ↑)・・こんなことで喜んでいるだけじゃいけないんですけどね。具体的な成果、成果。。