2004年8月から2005年6月までの約10ヶ月間、ベトナム・ハノイに長期出張して初めての東南アジア、ベトナムライフを満喫致しました。
当時の記録の幾つかを本ブログに転載したので以下まとめておきます。我ながら懐かしいです。
当時30歳。1人あたりGDPが700ドルぐらい、月給100-200ドルの人達が沢山いる国で毎月の仕送り2,000ドルをきっちり使っておりました(宿代以外で)。かりにも一国の首都であんなに(主に金銭的に)伸び伸びと暮らすなんて経験は、この先一生出来ない気がします。
2004年8月から2005年6月までの約10ヶ月間、ベトナム・ハノイに長期出張して初めての東南アジア、ベトナムライフを満喫致しました。
当時の記録の幾つかを本ブログに転載したので以下まとめておきます。我ながら懐かしいです。
当時30歳。1人あたりGDPが700ドルぐらい、月給100-200ドルの人達が沢山いる国で毎月の仕送り2,000ドルをきっちり使っておりました(宿代以外で)。かりにも一国の首都であんなに(主に金銭的に)伸び伸びと暮らすなんて経験は、この先一生出来ない気がします。
〜を探せ!と書き出すとついクライブ・カッスラーの冒険小説が頭に浮かびます。せっかく米国に暮らすのですからバーボンでも飲みながら原書を読み直したり出来ればオシャレなのですが・・(いかんせん英語力が、、)
今回行方がわからなくなったのは妻の携帯。SOSが出張先に入りました。正確には僕からは気がつかず、日本のパパからのLINEメッセージで気がついたわけですが。(FBメッセージとメールもらっておりましたが直ぐに気がつかず)
どうやら長女を小学校でピックアップした際に紛失したそうな。そして付近を後で探したのだが見つからない。電話はかかる・・とな。
私も一度自分の携帯をショッピングモールでなくしかけた経験があるので初動はすぐでした。Find my iPhone起動!
(幸いに海中ではなく、すぐ近所にありました・・・)
すでにその日は夜になったので、携帯をリモートでロックして、僕の携帯に電話して欲しいとのメッセージを表示させて終了。
翌朝、妻を該当すると思われるお宅に突撃させたところ・・英語をしゃべらない感じの良いお爺さんが応対に出て、孫が学校帰りに拾ったというような説明で無事に返却してくれたそうな。
察するに子供的には宝物発見!と密かに持ち帰ったが、親にみつかり取り上げられ、でも共働きの両親は学校に届ける暇もなくキープされていた・・というストーリーではないかと。(後で御礼の品を妻が届け本件はファイルクローズ)
物騒な地区に住んでいる場合、たとえGPSで携帯の場所がわかっても知らない家を訪問するのははばかられるので、住むエリアは非常に重要だなとあらためて考えさせられました。
新しい取り組みをするためには、やめることも同時に決めなくてはいけないと思います。あれもこれも増える一方では、どうにもやりくりが出来ないのはモノと一緒。
■ スマホでFB
ちょっとした隙間時間を奪われている気がします。そんなに急いで見る必要もないのに。アプリは消去しませんが(たまにメッセンジャーでの連絡があるので)、直ぐに目のつかないところに移し、基本はPCでしか閲覧しないことにします。
■ 自宅でのPSP
これは今更恥ずかしいのですが・・昨年末に久しぶりにシュミレーションゲームを少しやったら(懐かしの大戦略)面白くてついつい寝る前に遊んでしまいました。三国志とか信長の野望などの定番ソフトも実は一時帰国時に買ってしまったのですが・・自宅でPSPに触ることを禁じます。仕事もしたくない、本も読みたくない、移動中の機内とかだけに限定。(スマホのゲームは既に常に禁止)
■ 家族の前でのブログ更新作業
年初からWordPressにブログを移行させたため、色々設定のやり方を調べたり、少しずつ過去のブログを移転開始させたりと、ついつい無意識にブログの時間が増えてしまいました。反省して、家族の前でブログの更新は行わないようにします。(基本は皆さんが寝入ってから)
また平日夜の自宅PC作業は、日経新聞読了を優先、台所の洗い物と翌日の炊飯セットを完了させてから、を習慣付けます。
1ヶ月後に遵守状況のレビューを行い、習慣への落とし込みを図ります。
Hマートで豚の小腸が特売だったので1.5キロ分ほど購入。それでも、わずか3ドルぽっきりという驚きの安さ。(普段はこの倍の値段)
以前はこれを茹でてから焼いたのですが、今回はモツ煮に挑戦。
熱湯で洗い流した後に、水から茹でこぼすこと2回、その過程で縮んだ後に食べやすい大きさに切り分けていきます。(生の状態だと切りにくいので茹でた後が簡単な気がします)
(見た目が苦手な人は急いでスクロール下さい)
ネットで見ていると小腸の内側の脂肪をこそげおとすというレシピもありましたが、この内臓脂肪を食べずしてどうするのだ・・・という気がします。(つまりは共食いな訳ですが)
そこからはコトコトと煮込むのですが、ネギ類が見当たらなかったので玉ねぎをスライスして一緒に。本当はニンニク、生姜とかネギの青いところとかあれば入れたい気がします。
お好みの硬さまで茹で上げて、醤油、酒、みりん、砂糖、味噌はだいたい適当な感じで。僕は結構甘辛いのが好きです。本来は大根や人参、こんにゃく、豆腐なんとかあわせて良いと思いますが、今回はモツのみ。
(濃厚なお味でいけます)
(焼肉のタレにつけて焼くのも乙)
果たして単身赴任したアラフォーが自らモツ煮を作る必要があるのかどうかというと少々不明ですが、至極簡単に出来るのでオススメです。鍋に沢山つくっても周りに配れば喜ばれそう。(今回はトライアルで2軒に配りました)
前回日本に一時帰国した際にセブンイレブンのお惣菜のモツ煮パックを持ち帰って美味しかったので自作してみました。もっと白味噌系ですね。
2016年も「アラフォーの男メシ」のカテゴリは継続更新していきたいと思います。
巷の、家族が喜ぶパパご飯・・というよりは、簡単確実の素材そのまま系で、海外に単身赴任した際でも、少し食生活が豊かに感じられるような一品の方向で。
なおかつ、自分の場合はヒューストンで調達可能な食材を前提にしているのでその注釈付きで。(これなら大概の米国地方都市でも調達可能なのでは、、と)
早速2016年第一弾ですが・・
■ 超簡単すき焼き
韓国系のHマートで購入した牛プルコギをフライパンで炒め(汁は切らずに)、日系の大道で購入した生でもいける卵をくぐらせて食べると、ほぼ、すき焼き。(味付けは少々甘めではありますが)
今までは少々手間をかけてすき焼きを食べてましたが、簡単に食べることが出来ることに突然気がつきました。
もちろん、自らすき焼きの割り下を作ったり出来る方は是非そうして下さい。その場合も薄切り牛肉の購入可能先は少々選択肢が少ないので注意が必要です。(Hマートの冷凍薄切り牛肉でしょうか) ベトナム系のViet Hoaで冷凍の塊牛肉であればスライスしてもらえます。
(2016年、スライサー購入を真剣に考えようかと思案中)
え、これは料理ではない?
いいんです、男メシなので。
やはり運動習慣といえば、王道は走ることだろうと家族がまだ寝ている我が家を抜け出して市内中心部へ。
んー、このへんかしら。
そう、日曜のヒューストンマラソンの前座となる土曜の5キロ走に出場してまいりました。こんなに走る人が集まっているアメリカを初体験。
(Before・・・)
(あと1キロ・・・)
(After・・つ、疲れた)
十分な準備もせずに走ったので、わずか5キロといえど疲れました。タイムは27分から28分台のはず。(後日正式に連絡が来るようです)
とりあえず目標の、30分切り、歩かない、の2つを満たせたのでよしとします。それにしてもカラダと足が重かった・・・。
前週に試しに走ったところ、2キロで既に歩いていたので本番のアドレナリン分泌なくては目標達成はきっと無理でした。。
(お一人様、バナナ1本とマフィン3つって・・多いでしょ)
走るのは全く好きではありませんが、減量のために定期的に走ることは生活に取り入れたい習慣です。究極的な目標は帰国前の2019年1月のヒューストンマラソンでフル出場ですが・・いやー、今の時点では到底無理です。ハーフすら完走出来る気がしません。
まずは5キロを苦もなく走れるところから、ついで10キロ、そこを越えたらハーフ出場を考える、そんな感じでしょうか。3年の準備時間はあるけども、果たして。
2012年に一度走る男に挑戦して10キロマラソンまでは出たのですが、その直後に靭帯を伸ばしてしまい、走る習慣導入が頓挫したことを苦く思い出します。2016年再びの導入なるか、です。
LA、その中でも日本食レストランがひしめくトーランス地区は多数のラーメン店が進出してしのぎを削っているともっぱらの噂。
全くラーメンフリークではないですが、それでもやはり美味しい豚骨ラーメンなどをたまには味わっておきたいと思い、居酒屋後の〆に向かいました。
→博多一幸舎
→Hakata Ikkousha Ramen – Torrance
Yelpを起動してホテルに向かう道すがらで一番評価の高いお店を選択。Hakata Ikkousha、、、確か博多から海外進出を積極的に進めているお店として名前を聞いたことがあります、行こう!
本物の豚骨ラーメンを博多から世界へ・・という熱いメッセージ。そして基本の豚骨ラーメンも7.90ドルというリーズナブルな設定。
(麺固め、スープ普通、きくらげ増量で)
む・・うまい。
昨年9月にNYマンハッタンの一風堂で頂いた以来の本格スタイルの豚骨ラーメンです。(豚骨ダシで家系ではないという意味で)
はぁ、幸せ。
待望の初LA出張。
行って来ました! 噂のプリン体好きの聖地、サンタバーバラでウニ養殖を手がける雲丹の丸秀さんが直営するMaruhide Uni Clubに。
もうメニューを開く手が期待で震えます。
まずは心を落ち着けてビールをグビリと飲みながら・・本日の作戦(オーダー)を練ります。結果、作戦も何も目に付いた主要メニューを全てオーダーということに落ち着きました。
(雲丹酒盗三種盛り)
(雲丹だし巻き卵)
(雲丹クリームコロッケ)
(焼き雲丹)
すでにお気づきかと思いますが、どこまでも雲丹が続きます。サラダのドレッシングも雲丹風味。でも飽きがこないのが凄い。そしてどれもこれもお酒の進むことといったら・・
(雲丹刺身とかナマコ酢とか)
(大人気の雲丹クリームパスタ)
(わたくしの〆は勿論雲丹丼で)
もう怒涛の雲丹の波状攻撃に嘆息。人生でこれだけ雲丹を一度に堪能したのは初めてかもしれません。大満足です。
道産子としては、キタムラサキウニとかエゾバフンウニ押しな訳ですが、このサンタバーバラ産の赤雲丹、相当美味しいです。(実はその後会計時に本日は天候不良でチリ産ウニも使っていたと伺いました、どれがどれだったんだろう、、)
(→何年も前に札幌で、日本で唯一のウニ加工会社直営のお店「函館うに むらかみ」というお店に行ったことを思い出しました。。)
4人で380ドルのお会計。獺祭の四合瓶など、日本酒もそれなりに飲んで、全員が最後は丼モノを食べてこの程度とはかなりリーズナブル。さらにお土産に雲丹酒盗を4瓶、塩水雲丹を購入し、本日は締めて500ドルの大満足出費。
LA再訪の機会がございましたら、絶対また来ます!
ご馳走様でした。
本日朝一の計測結果は・・81.9キロ&23.3%。
昨年11月の日本帰国時には人生最高体重である84キロを軽々とK点越え。同時に受診した人間ドックでも複数項目にて一気に警報がなり響き渡りました。(2014年2月の米国渡航前は「ほぼ健康」の結果だったのに・・)
40歳を越えたという加齢の事実と共に、米国での現在の生活環境が不健康な方向に拍車をかけていると認めざるを得ない状況です。(冷静に考えなくとも、周囲の方々の姿形を眺めると想像できた近未来ですが)
年明けに胃炎を発生させたこともあり、82キロ切りという壁は軽々とクリアーすることが出来ましたが、2016年は本格的に、文字通りの公開減量生活を推し進めなくてはいけないと考えています。
過去10年の振り返りワークを通しても、30歳の75キロ到達、34歳の76キロ前後を過去の栄光に、30代の終わりに82キロ、83キロ、84キロと最高体重を更新してしまった黒歴史を再確認。
■ 減食
■ 運動習慣(出来ればストレス解消も兼ねて)
■ 飲酒抑え気味(水分は摂取推奨)
この3つの方向性の推進に加え、目標期限を設定。
■ 2016夏の一時帰国時に人間ドック受診
→ここでA判定を目指す(昨年11月はC判定)
体重や体脂肪はあくまで数値としての結果に過ぎず、目標としたところで具体的な行動設定や習慣獲得が出来なくてはお飾りのまま・・と10年間の振り返りにてよく分かった上で・・
まずは半年であと4キロ減らし78キロに。
その後も作戦継続し、理想は72〜75キロのゾーンを目指す。
72キロとは18年前の社会人1年目の体重です。
人は何も手を打たなければ1年に0.5キロずつ増えていくと以前メタボセミナーで聞いたことがあります。まさに計算がほぼ合います。
40代の減量は、自分の為だけではなく、家族の為に。
再スタートです。
この年末年始より、2016年の人生戦略をじっくり考えています。
できれば米国生活、残り3年間の中期戦略とセットで。
そのためにも2015年を・・ん、まてよと思い、過去の10年間=30代をまとめて振り返っております。この10年ぐらいの略年表です。
過去ブログから各年の振り返り(年末最終の恒例のできたこと確認)を抜き出し転載してみました。並べて俯瞰することで見えてくるものがある気がします。(詳細はリンク先)
2005年にできたこと(30歳)
TOEIC再開、簿記3級合格、75キロ&15.5%
2006年にできたこと(31歳)
TOEIC継続、100冊、31-35カ国目
2007年にできたこと(32歳)
TOEIC940、簿記2級合格、150冊
2008年にできたこと(33歳)
BATIC707、200冊、36-37カ国目、1日1万歩、競技ダンス再開
2009年にできたこと(34歳)
競技ダンス本気、197冊、38-39カ国目、不動産投資開始、76キロ前後
2010年にできたこと(35歳)
結婚〜ダンス引退、200冊、グロービスMMP、40-41カ国目、82キロ
2011年にできたこと(36歳)
5月長女誕生、206冊、ビジネス実務法務3級・2級合格
2012年にできたこと(37歳)
10キロマラソン、170冊、グロービスEMP、月1勉強会開始
2013年にできたこと(38歳)
利き酒師合格、156冊、リーダー養成塾、夕学50講、ピーク82キロ
2014年にできたこと(39歳)
4月米国赴任、6月次女誕生、42カ国目、108冊、ピーク83キロ
2015年にできたこと(40歳)
200冊、CPA勉強開始、43カ国目、ピーク84キロ
20代の後半にドイツで2年、それからベトナムへ1年弱流れ、2005年6月に日本帰国。9年を日本で過ごし、2014年4月より米国赴任。
日本での10年間は趣味のダンス再開という試みもありましたが、最大の成果は妻と出会い結婚し、娘を2人授かり家族を作ることが出来たという点に尽きる気がします。(そこからが大変ですが)
ビジネスマンとしての基礎固めやマインドセットにも取りくんだつもりではいましたが十分とは言えず、本当に成果を求めていくのはこの40代が正念場という気がします。
人間関係(家族、友人)、健康、仕事、お金、それぞれの領域のビジョンを意識し、その上位概念となる自らのミッションというものを考えているのですが、これがなかなかしっくりときません。走りながら何度でも上書きしていこうと今は考えています。
ということで個別の戦略立案に向かう前の頭の整理としての振り返り。未来の自分への回答は、常に既に過去の自分にあると信じて。(昨年後半よりコーチングをお願いしている小松さんの言葉の受け売りです。)