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まずは5キロ

やはり運動習慣といえば、王道は走ることだろうと家族がまだ寝ている我が家を抜け出して市内中心部へ。

→公開減量生活2016

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んー、このへんかしら。

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そう、日曜のヒューストンマラソンの前座となる土曜の5キロ走に出場してまいりました。こんなに走る人が集まっているアメリカを初体験。

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(Before・・・)

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(あと1キロ・・・)

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(After・・つ、疲れた)

十分な準備もせずに走ったので、わずか5キロといえど疲れました。タイムは27分から28分台のはず。(後日正式に連絡が来るようです)

とりあえず目標の、30分切り、歩かない、の2つを満たせたのでよしとします。それにしてもカラダと足が重かった・・・。

前週に試しに走ったところ、2キロで既に歩いていたので本番のアドレナリン分泌なくては目標達成はきっと無理でした。。

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(お一人様、バナナ1本とマフィン3つって・・多いでしょ)

走るのは全く好きではありませんが、減量のために定期的に走ることは生活に取り入れたい習慣です。究極的な目標は帰国前の2019年1月のヒューストンマラソンでフル出場ですが・・いやー、今の時点では到底無理です。ハーフすら完走出来る気がしません。

まずは5キロを苦もなく走れるところから、ついで10キロ、そこを越えたらハーフ出場を考える、そんな感じでしょうか。3年の準備時間はあるけども、果たして。

2012年に一度走る男に挑戦して10キロマラソンまでは出たのですが、その直後に靭帯を伸ばしてしまい、走る習慣導入が頓挫したことを苦く思い出します。2016年再びの導入なるか、です。

 

LAラーメン戦争〜博多一幸舎

LA、その中でも日本食レストランがひしめくトーランス地区は多数のラーメン店が進出してしのぎを削っているともっぱらの噂。

全くラーメンフリークではないですが、それでもやはり美味しい豚骨ラーメンなどをたまには味わっておきたいと思い、居酒屋後の〆に向かいました。

→博多一幸舎
→Hakata Ikkousha Ramen – Torrance

Yelpを起動してホテルに向かう道すがらで一番評価の高いお店を選択。Hakata Ikkousha、、、確か博多から海外進出を積極的に進めているお店として名前を聞いたことがあります、行こう!

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本物の豚骨ラーメンを博多から世界へ・・という熱いメッセージ。そして基本の豚骨ラーメンも7.90ドルというリーズナブルな設定。

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(麺固め、スープ普通、きくらげ増量で)

む・・うまい。

昨年9月にNYマンハッタンの一風堂で頂いた以来の本格スタイルの豚骨ラーメンです。(豚骨ダシで家系ではないという意味で)

はぁ、幸せ。

プリン体好きの聖地巡礼〜Maruhide Uni Club

待望の初LA出張。

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行って来ました! 噂のプリン体好きの聖地、サンタバーバラでウニ養殖を手がける雲丹の丸秀さんが直営するMaruhide Uni Clubに。

→雲丹の丸秀
→Maruhide Uni Club

もうメニューを開く手が期待で震えます。

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まずは心を落ち着けてビールをグビリと飲みながら・・本日の作戦(オーダー)を練ります。結果、作戦も何も目に付いた主要メニューを全てオーダーということに落ち着きました。

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(雲丹酒盗三種盛り)

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(雲丹だし巻き卵)

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(雲丹クリームコロッケ)

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(焼き雲丹)

すでにお気づきかと思いますが、どこまでも雲丹が続きます。サラダのドレッシングも雲丹風味。でも飽きがこないのが凄い。そしてどれもこれもお酒の進むことといったら・・

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(雲丹刺身とかナマコ酢とか)

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(大人気の雲丹クリームパスタ)

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(わたくしの〆は勿論雲丹丼で)

もう怒涛の雲丹の波状攻撃に嘆息。人生でこれだけ雲丹を一度に堪能したのは初めてかもしれません。大満足です。

道産子としては、キタムラサキウニとかエゾバフンウニ押しな訳ですが、このサンタバーバラ産の赤雲丹、相当美味しいです。(実はその後会計時に本日は天候不良でチリ産ウニも使っていたと伺いました、どれがどれだったんだろう、、)

→何年も前に札幌で、日本で唯一のウニ加工会社直営のお店「函館うに むらかみ」というお店に行ったことを思い出しました。。

4人で380ドルのお会計。獺祭の四合瓶など、日本酒もそれなりに飲んで、全員が最後は丼モノを食べてこの程度とはかなりリーズナブル。さらにお土産に雲丹酒盗を4瓶、塩水雲丹を購入し、本日は締めて500ドルの大満足出費。

LA再訪の機会がございましたら、絶対また来ます!
ご馳走様でした。

公開減量生活2016

本日朝一の計測結果は・・81.9キロ&23.3%。

昨年11月の日本帰国時には人生最高体重である84キロを軽々とK点越え。同時に受診した人間ドックでも複数項目にて一気に警報がなり響き渡りました。(2014年2月の米国渡航前は「ほぼ健康」の結果だったのに・・)

40歳を越えたという加齢の事実と共に、米国での現在の生活環境が不健康な方向に拍車をかけていると認めざるを得ない状況です。(冷静に考えなくとも、周囲の方々の姿形を眺めると想像できた近未来ですが)

年明けに胃炎を発生させたこともあり、82キロ切りという壁は軽々とクリアーすることが出来ましたが、2016年は本格的に、文字通りの公開減量生活を推し進めなくてはいけないと考えています。

過去10年の振り返りワークを通しても、30歳の75キロ到達、34歳の76キロ前後を過去の栄光に、30代の終わりに82キロ、83キロ、84キロと最高体重を更新してしまった黒歴史を再確認。

■ 減食

■ 運動習慣(出来ればストレス解消も兼ねて)

■ 飲酒抑え気味(水分は摂取推奨)

この3つの方向性の推進に加え、目標期限を設定。

■ 2016夏の一時帰国時に人間ドック受診
→ここでA判定を目指す(昨年11月はC判定)

体重や体脂肪はあくまで数値としての結果に過ぎず、目標としたところで具体的な行動設定や習慣獲得が出来なくてはお飾りのまま・・と10年間の振り返りにてよく分かった上で・・

まずは半年であと4キロ減らし78キロに。
その後も作戦継続し、理想は72〜75キロのゾーンを目指す。

72キロとは18年前の社会人1年目の体重です。

人は何も手を打たなければ1年に0.5キロずつ増えていくと以前メタボセミナーで聞いたことがあります。まさに計算がほぼ合います。

40代の減量は、自分の為だけではなく、家族の為に。
再スタートです。

この10年ぐらいの略年表

この年末年始より、2016年の人生戦略をじっくり考えています。
できれば米国生活、残り3年間の中期戦略とセットで。

そのためにも2015年を・・ん、まてよと思い、過去の10年間=30代をまとめて振り返っております。この10年ぐらいの略年表です。

過去ブログから各年の振り返り(年末最終の恒例のできたこと確認)を抜き出し転載してみました。並べて俯瞰することで見えてくるものがある気がします。(詳細はリンク先)

2005年にできたこと(30歳)
TOEIC再開、簿記3級合格、75キロ&15.5%

2006年にできたこと(31歳)
TOEIC継続、100冊、30-34カ国目

2007年にできたこと(32歳)
TOEIC940、簿記2級合格、150冊

2008年にできたこと(33歳)
BATIC707、200冊、35-36カ国目、1日1万歩、競技ダンス再開

2009年にできたこと(34歳)
競技ダンス本気、197冊、37-38カ国目、不動産投資開始、76キロ前後

2010年にできたこと(35歳)
結婚〜ダンス引退、200冊、グロービスMMP、39-40カ国目、82キロ

2011年にできたこと(36歳)
5月次女誕生、206冊、ビジネス実務法務3級・2級合格

2012年にできたこと(37歳)
10キロマラソン、170冊、グロービスEMP、月1勉強会開始

2013年にできたこと(38歳)
利き酒師合格、156冊、リーダー養成塾、夕学50講、ピーク82キロ

2014年にできたこと(39歳)
4月米国赴任、6月次女誕生、41カ国目、108冊、ピーク83キロ

2015年にできたこと(40歳)
200冊、CPA勉強開始、42カ国目、ピーク84キロ

 

20代の後半にドイツで2年、それからベトナムへ1年弱流れ、2005年6月に日本帰国。9年を日本で過ごし、2014年4月より米国赴任。

日本での10年間は趣味のダンス再開という試みもありましたが、最大の成果は妻と出会い結婚し、娘を2人授かり家族を作ることが出来たという点に尽きる気がします。(そこからが大変ですが)

ビジネスマンとしての基礎固めやマインドセットにも取りくんだつもりではいましたが十分とは言えず、本当に成果を求めていくのはこの40代が正念場という気がします。

人間関係(家族、友人)、健康、仕事、お金、それぞれの領域のビジョンを意識し、その上位概念となる自らのミッションというものを考えているのですが、これがなかなかしっくりときません。走りながら何度でも上書きしていこうと今は考えています。

ということで個別の戦略立案に向かう前の頭の整理としての振り返り。未来の自分への回答は、常に既に過去の自分にあると信じて。(昨年後半よりコーチングをお願いしている小松さんの言葉の受け売りです。)