5月から研修の課題図書として読んできた本達を一気ログ。
足元から30年先の世界迄の未来予想図的な。
日本の歴史、それも最近の考察なんてわかっているようで分かってないですし。
当然、グローバルな世界の歴史についても、そう。
こんな上質な講義を著者から受けれるなんて贅沢・・。
社会問題を解決しながら稼げたら・・・それって最高ですよね。
良い出会いがありました。ブログ記事にしますので割愛。
久しぶりに一冊二冊の課題本を読んでは考察して・・と、インプット&アウトプットのサイクルを回す日々が新鮮。見方を変えると定期的に期限のある宿題が続いているようで、これまた新鮮。
2019年、未だ読めていないので、そろそろテコ入れです。
■ 35冊(2019年)
■ 2,250冊(2006年〜)
帰国ほどなくして体脂肪率が23→20%に下がったことに気をよくしていたのですが、体重が人生最高高値圏である85キロ前後から落ちていきません。

(暑いので冷シャブなどをランチで・・)
特別な努力をしてないせいか、しっかり朝一の体重測定の数値が85キロ前後に張り付いて動きません。
体脂肪が下がる=筋肉量が増えて代謝が上がった=徐々に体重が下がっていく・・というシナリオだったのですが、はて。
これは不本意ながら、平日夜に飲みに行く回数に少しばかり制限をかけるしかないかなぁとも考えたり。帰国して3ヶ月間はボーナスタイムとして自分にも許容してきましたが、そろそろ、ね。
(Tarzanと同じく買っただけで痩せる気になる類の一冊)
とりあえず1ヶ月1回の定点観測で。
先日、米国の友人KCAさんが日本出張の際に声をかけてくれてオススメのお店にご案内頂きました。六本木のはずれにひっそりと佇む感じがおしゃれ・・

■ 旬の味 いち(→食べログHP)
落ち着いた店の雰囲気に期待感を高めながらコースがスタート。

突き出しからの・・驚きの・・

山菜の盆盛り!
長野や新潟の山菜たちが様々に調理されて豆鉢のうえで宝石箱のようにディスプレイされていて凄い、美しい・・

こごみ、カタクリ、あづきなにうるい。あけび、うど、行者ニンニク、姫皮に筍・・ほとんど分かる、、というか、実家の食卓にも登場したなぁと思うところが自分の育ちを表している気が。

このお造りの下の台がまた凄い・・

たらの芽の天婦羅ラブ。


山菜鍋を堪能し・・


ほたるいかと筍の土鍋で〆。

盛り付けが上品で素敵で、まずは目を楽しませて頂き、続いて味を堪能して・・と満足な時間に。
ドリンクのサービスの方の対応もとてもプロフェッショナルで素晴らしく、この日はワインを楽しみましたが、日本酒も色々ありそう・・と隣のテーブルの方々のチョイスをチラ見。

まさかの隠れ家割烹にて、隠れる必要のない中年のおっさん二人での楽しい宴席となりました。(KCAさんの次回来日までに自分も色々発掘・準備しておかないと・・)
帰宅途上で確認するとミシュラン一つ星。まだ見ぬ美味しいお店が東京には沢山沢山ありそうだなぁ、そのうちの幾つかは今後出会えるかなぁと楽しみに思いつつ・・帰宅。
陸前高田市に続いて訪問したのが釜石市。
2013年8月以来の再訪。あの時は71歳だった叔父を訪ねたのですが、その後叔父は自分が米国駐在中に病を得て亡くなりました。今回は叶いませんでしたがあらためて墓参りも出来ればな、と。

(あまちゃんを思い出す三陸鉄道、あのお座敷列車に乗りたい)
震災時の釜石といえば、釜石の奇跡と呼ばれた、市内の小中学生3千人のほぼ全員が難を逃れたという素晴らしい防災教育の成果が有名です。
津波てんでんこの教えとは何だったのか、あの時、小学生、中学生はどうやって自ら避難したのか。是非、現地に足を運んで実際にお話を伺ってくることをお勧めします。(→いのちをつなぐ未来館)

泊まりは、これまた女将さんが有名な宝来館。(→公式HP)

この風景をご記憶されている方も多いのではないでしょうか。自分も何度も流された女将さんや宿泊客、従業員の皆様が必死で迫り来る津波から逃げる様子に息を飲んだものです。
夕食後には女将自らが当時の体験を語り、震災復興の今を伺う機会があり、語り部の方の相撲甚句では胸をうたれました。

温泉にはいって、この朝食をまた食べに行こう。

またあの女将さんや従業員の皆さんに会いに行こう。
東日本大震災から8年。
いまだ復興の道半ばにある陸前高田市を訪問する機会がありました。岩手県の被災地については、叔父が住んでいた釜石しか当時訪問していなかったので、他の地域の皆さんの暮らしの今がどうなっているのかを直接伺える貴重な機会。

(旧市街中心部、がれきはすっかり撤去されておりました)
陸前高田市へは東北新幹線が停まる一関から車で1時間ちょっと。やはり三陸沿岸部は県外からのアクセスが決してよくないことが復興は勿論、インバウンド需要の恩恵も受けづらい状況であることを身をもって体感。

市の中心部で営まれていたYさんより震災当日のお話を伺い、その圧倒的なリアルに言葉を失いました。Yさんご自身がご両親と弟さんを津波で亡くし、ご自身も本当に九死に一生を得た方。
かさ上げされた新たな市街中心部での行きと帰りに昼食を二度。


行きは鶴亀鮨さんでは海鮮ちらしを。


帰りはかき小屋広田湾さんではカキフライを。
語り継ぎ、誰かに伝えることで何かを残そうという皆さんの真剣な思いを全身に浴びる・・心に響く旅となりました。次回は家族を連れてこの街を再訪したいと思います。
よく食べ、よく飲み、よく踊る、中年男子のライフログ〜人生の達人を目指して生きてます。2026年〜中国在住。