「自己実現マニア」カテゴリーアーカイブ

社会人18年目

2015年度がスタート。
社会人18年目となる40歳です、いやーすっかり中年ですね。

(人生3年目の長女と人生40年目の父)

社会人18年目、米国駐在2年目としての抱負。たいへん月並みですが、あらためて色々と初心に戻り、仕事頑張ろうと思います。

ちょっと無我夢中だった米国1年目に比べて、大分と景色が見えてくる2年目。ここでへんに安全運転せずに、ギアを一段階あげてみたい。

目に見える成果を駐在中の40代前半であげられないと、しんどいという台所事情も。恥ずかしながら、ここまで成果らしい成果もあげられていませんし。

優秀でも発言は馬鹿だなぁと思わせる若手達の勢いある姿を見ていると、馬鹿はへんに小利口になっている自分かもしれないと思う時があります。

■ AKY (敢えて空気読まない)

見えない空気に支配されずに、自分から良いムードを作っていけるように。親しく礼儀ある中にも、健全な緊張感を作れるように。

そんなことを意識して発信型、自燃型を志向して最近行動しようとしてます。すると気のせいか周囲の人との距離もちょっと出来るような。(縮まるのではなく)

ここを越えていかないと。

ビジネスマンは体調管理が命

常々、歯だけではなく体調管理が大事と思っています。仕事もプライベートも、体調良くないと120%でコトに当たれません。

(兄弟はいませんが、団子)

統計的手法を持ち出すまでもなく、弱いのは季節の変わり目。
特に暑さがましてクーラーが導入される時期。

ヒューストンは早くも70度(華氏)を突破してクーラーが稼働を開始。すると木曜夜あたりから体調に異変が起こり、金曜は微熱で仕事。

金曜夕方から本格的に発熱し、結局、土曜は終日グタリ、日曜午前にようやく復調。なんとか月曜朝からは元気に仕事、火曜よりのNY出張につなげられました。

仕事は穴開けなかったけど、週末の家族予定をあやうくドタキャンするところに。なんとかだましだましサンアントニオへのドライブ旅行は完遂出来ました。(ヒューストンにいようがサンアントニオにいようが、体調悪いのは一緒)

具合悪いとビールも食事も美味しくないし。(幸いに体重は減るけど)引き続き睡眠時間と体調の管理には良く注意を払っていきます。

今から30年

たまった日経や日経ビジネスなど読みながらつらつら考える。


(回らないスシローが目黒に!?)

現在40歳、今から30年を現役で働き続けるためには何が必要か。どこに自分の強みをもっていくか、何を狙っていくのか。

現在の会社で仕事が面白そうなのは、残り、よくて10年、うまくいっても15年。自分が打ち込める仕事は、自分で探すしかなさそうなのが現状。

30年を2分割して、前半15年を組織の中でより経営に近づく部分で送り、後半15年は個人事業主として好きなことをやってみるというのが漠としたイメージ。

組織を離れた瞬間に、今まで自分の力と思ってきたものが全て剥がれ落ちるという展開がお約束なので、そこは良く現実を見極めながら、、ですが。

大筋の方向性は意識しつつも、常にプランB、プランCを用意しながら。養うべき家族抱えてますので、したたかに、しぶとく。

異文化チームマネジメント

チームメンバーの一人が本日最終出社日。
さよならランチ会。

年齢も出身もさまざまな構成なところにアメリカの多様性を感じます。様々な国から星条旗の下に集った人々を束ねる懐の深さ。(一部の意思決定はきっと相当クローズドなところで行われているだろうけど)

チームの仲間も仕事に向ける思いやキャリアビジョンは様々。人生で多くの時間を過ごす彼らの今の仕事の環境を整えるのは自分の責任。

試行錯誤の日々ですが、良い挑戦をさせてもらっています。まさか40歳にして初めて本当の部下をもって、それが日本人じゃないとは。

欠員分の募集をかけるとこれまた多様なレジュメが集まります。良い縁に巡りあえますように。

あれから、もうすぐ14年

12年ほど年次が上の上司がヒューストン来訪。過去に濃い接点があった方なので我が家にも招かせて頂きました。


(裏庭で炭に火を起こす際にドライヤーを活用するという画期的ひらめき)

接点とは、自分が社会人3年目の時に中東に1ヶ月ほど一緒に出張した経験。殆ど初対面だったKさん(海外赴任先から帰国したばかりだったので)。

当時、自分が27歳ぐらいだったので、Kさんは39歳。朝から晩までの現場仕事、移動も多かったタフな仕事だったのですが何とも懐かしい記憶。

気がつけば自分が40歳、Kさん52歳、時は確実に流れています。小学生だった娘さんも社会人になっているし。(当たり前か)


(リブロースとサーロインです)

久しぶりにじっくり話をする中で、自分はこの14年でどう成長したのかな、と。環境の変化は沢山あったのですが、肝心の自分自身はどうだったかな、と。

そんなことを色々と考えめぐらせ、過去の自分にも向かい合ったような気がします。あの時の仕事がとてもとても印象的なのは忘れられない記憶とセットだから。

でも意外と普段は忘れてる気もするな。

■ 家飲み食堂☆ヒューストン(2014~) 21宴目

桁外れの結果が出ない人

久しぶりの燃料投下目的での自己啓発系ビジネス書。

桁外れの結果を出す人は、人が見ていないところで何をしているのか/幻冬舎
Amazon.co.jp

サンリオ常務取締役の鳩山玲人さんは、自分と同じ1974年生まれ。三菱商事に入社しハーバードMBAを取得しサンリオへ入社。(え?って感じですが)

海外事業を担当しハローキティのライセンス収入を飛躍的に伸ばした立役者。もう、圧倒的な人生や仕事へのコミットメント、そして気合と矜持。

こんな方の実践してきたことや心構えを聞くと、自分ってホント怠惰だなぁと。桁外れの結果が出る訳もないことが非常に腑に落ちる訳です。

鳩山さんのご自身の原動力となっているのはお父上の死。海外出張中に過労で倒れ、40歳と3ヶ月で亡くなったそうです。

その結果、40歳までに何かを達成しなくては・・という強い焦燥感があったとか。なるほど。。

自分の場合は、過労とは程遠いところで、春スキーを楽しんでいる時の事故で、53歳で亡くなった父がいます。

その53歳という年齢をどのように迎えるか、その時どんな世界が広がってるか、という点には拘っている自分がいます。(焦燥感を感じたことはありませんが)

(君達が嫁に行くぐらいまでは働かなくてはねぇ)

今から25年から30年、どうやって働いていこうか、生きていこうか。その通過点として、近づいてくる53歳を意識していたことに気付けました。

良い気付きの機会を頂けた鳩山さんに心から感謝。既に第一線で活躍する同年代にエールを送りたいと思いました。(自分も頑張らねば!)

■ 20冊 (2015年)

エイトマン

日本に比べると遥かに裁量が増えて仕事の自由度が上がりました。その一方で結果に対する責任も同時に上がっています。

また仕事の夜のお付き合いがほぼ無くなった為、可処分時間が増えました。これを仕事と家族にどのように配分していくか。

年初ゆえ自分のワークスタイルを再定義すべく考察です。

(姉妹)

家を朝8時前後に出て、夜も8時前後に帰宅する。これを平日の行動パターンの目安にしたいと思います。

職場には僕が読み込むべき資料や考え無くてはいけないことが山積みです。が、机にかじりついていても必ずしも結果がついてくるとは限りません。

夜8時に帰宅すれば、寝る前の娘達に毎日会うことが出来ます。昨日のように帰宅直後にそのままお風呂に直行することも出来たりします。

夜の食事の準備を手伝ったり、満足いくまで子供達と遊べてはいないけど、毎日父親が帰ってくる姿を見せられるのは嬉しいものです。(東京生活では平日夜は1日ぐらいしか娘に顔を見せていなかったので)

夜8時前に出来る限り仕事の為のインプットやアウトプットを片付け、帰宅後は家族に向けて出来るだけ気持ちとカラダを向けるように。

家族が寝入ったら、その後は読書やブログ更新などのリラックスの時間に。オンオフはきっちり分ける気はありませんが、メリハリはつけたい。

■ 目指せエイトマン

新年あけましておめでとうございます

皆様、新年あけましておめでとうございます。

一応、郵送用の写真など作ったのですが、なかなか発送する気分にもならず。寒中見舞い申し上げます・・と開き直り、未発送の山は徐々に送ることに。。

手が進まなかったのは宛名住所を封筒に手書きする必要があったから。やはり宛名シールを印刷して封筒に貼らないと、、もう手が動かない現代人。。

元旦から2泊3日は近場に旅行して暫しのデジタルオフ。便利な時代だからこそ、デジタル機器に振り回されず生きたいもの。

せっかくの新年の新鮮な気持ちが消えないうちに、2015年に大事にしたい方向性を打ち出してみたいと思います。

どうか今年も宜しくお願い致します。

2014年にできたこと

新年に向かう前の恒例の年末振り返り。1年前の大晦日はこんな風に変化が多い年になるとは思っていなかったな。

(手前は気分盛り上げるための妻子手製のフェイク鏡餅)

■ 無事の次女誕生

6月27日無事に生まれてきてくれました。まさかリアルに立ち会えずLINE中継で立ち会うことになるとは。

夫のいない中で頑張った妻に感謝、ついでに長女にも感謝。そして半年間妻子がお世話になった妻の両親に大感謝。

それもこれもまさかの・・

■ 米国テキサス州ヒューストンへの赴任辞令

2月末に囁かれ、4月下旬にはもう赴任しているのだから、宮仕えとは辛いもの。家族とは離れ離れの単身生活6ヶ月。

なかなかずれてしまった家族のサイクルは噛み合わず、皆が環境変化対応で必死。僕自身は仕事があるからこそリズムを軌道に乗せやすいですが、やはり家族は大変。

11月25日に40歳の大台にのせ、これからの10年を考えました。
→40歳になった

家族、仕事、健康の3つのバランスをどうやってとり、それぞれを守るか。自分の人生の目標をどう置いて、そこに向かうのか。

家族の幸せと一言でいっても、満足できる状態は遥か彼方。海外での子育てに少々疲弊した妻のため息が耳にこだまします。

日本の幼稚園に帰りたい、友達と遊びたい、と長女が泣きわめきます。鼻水が詰まった次女が毎晩ただ泣いてます。はっきりいって、足元はピンチな感じです。

でも「ピンチはチャンス」がポジティブ福島先生門下のキーワード。2015年をなんとしても家族にとって良い年に出来るように。40代として迎える最初の1年をスタートダッシュ出来るように。

2014年このブログを覗いて頂いた皆様、大変ありがとうございました。2015年もどうぞ宜しくお願い致します。

サボリーマンの子がコソ勉

偉そうに語学クラス2期目スタートの記事をUPしましたが・・
→再び語学クラス通い

完全に脱落。全16回の授業の内、出席はわずかに6回で終了。

(テキストも数回開いただけで、このままだと無駄に)

結論としては、授業のスタイルも、先生のやり方もフィットせず。プレゼンのクラスのはずが、実践の機会は殆ど無く、ひたすら先生がしゃべるだけ。

やはり初回の発音・アクセントの授業のK先生が素晴らしかったのだなぁと。授業も先生も自由に選べないのはかなり生徒側にはリスクです。

出張や会食予定とかち合う機会が多かったのも事実ですが、最後の2回は・・つまらん授業 < 妻と娘に早く会う、でした。

家族到着までの単身6ヶ月も過ぎ、のべで7ヶ月が経過。「一生使える英語を手に入れる最後のチャンス」という視点で今後を考えないと。

一方、プリスクールに通い始めて2週間が経過。
少しずつ語彙を獲得し始めた3歳半の長女。

ひそかに自分の部屋で、しまじろうの英語などをコソ勉。英語が嫌だといいながらも、自分なりに英語学習をしはじめています。(驚き!)

このまま4年たてば、家族で一番英語苦手なのは自分になる可能性が極めて高い。ここは長女に倣って、自分もコソ勉しないと。(大人なりの方法論で)

運動も勉強も計画的に。