「リーマンダンサーズ」カテゴリーアーカイブ

うんとこどっこいしょ(踊ってみた)

3連休最終日、目黒区体育祭の中で開催されたエアロビの大会の観戦へ。オープニングのパフォーマンス要員に次女が幼稚園でスカウトされて参加をしていたので保護者として。

会場では徹底した感染予防策が取られており大会関係の方の苦労が偲ばれました。活動を継続しなくては・・という思いがある一方で、自ら主催するイベントでクラスター発生は絶対に防がなくては、、という強い責任感を感じました。

(しかし、観客席数を絞りすぎでは・・)

各年代の団体の発表以外では、親子でスローエアロビックという体験イベントがあったりして、本日の運動ノルマを出来るだけこなそう、と家族で張り切ってカラダを動かしました。

面白かったのが、おかあさんといっしょの9代目体操のお兄さん、天野さんと会場で踊るコーナー。うんとこどっこいしょ体操をフルコーラス教えてもらい、皆で踊りました。

天野さんは、弘道お兄さんの先代の方で50代半ば。いまだにお兄さんでい続けるのは大変だと思いますが、スタイル抜群、元気溌剌でさすがでした。

真剣な競技エアロビの世界を初めて観戦し、久しぶりに体育館の天井を見上げ、自分自身のダンスへの思い、競技会の空気の懐かしさも再確認。まずはバケツの中の・・

41. 一生社交ダンスとはゆるやかに関わり続ける

これに取り組むのが一番の優先順位ですが、ダンスに関連する他の2つもいつかなんとか実現させたいなと思います。

40. 妻と社交の場でダンスを踊る
42. 社交ダンスのパートナーがいて、競技会に再び出場する

うんとこどっこいしょ、うんとこどっこいしょ♪
なんでもできちゃうはずなんだ♪

紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ

リーマンダンサー仲間だったJ君のFBから回ってきたのでポチりと購入しGWのある日に一気読みしました。

学連出身の競技ダンサーは間違いなく心がザワつく一冊です。怖いもの見たさで是非手にとって欲しいと思います。

自分も学連で4年。その後、アマチュアでも半年、1年、3年と、10年ほど前まではポツポツと競技ダンスの世界に参加しておりましたが、どう考えても学生時代に向き合ったあの競技ダンスほど思い出深いものはありません。

単純に、良かった、楽しかった、とのお花畑な整理はいまだに出来ないですし、これからもしないと思いますが、それでもあの時があったから今の自分がある・・とは言い切れると思います。

ダメな自分、出来ない自分、格好悪い自分にとことん向き合わざるをえなかった時間があったこそ得たものがある、はず。

著者の二宮淳人さんは一橋大学ダンス部OB、それだけで勝手に身近に感じてしまいますね。既に21万部も売れているというベストセラー「最後の秘境 東京藝大」もポチり。気に入ったら、さらに他の作品にも手を出したいと思います。

二宮さん、ホラー作品も発表されていますが、学連ダンス出身者にはまさに怖い時代への扉を開ける作品でもあり、少なくともかなりビターな逸品。それだけ心に響くとも言えるかと。

二宮さんとロペスさんの出版記念対談も面白いです。

旅先でジルバ

先月のこと。皆で学びだらけの出張で訪問した岩手県一関市、三陸の幸を地元の居酒屋で頂いた後に偶然に訪れた一軒のお店。

昭和なステージとダンスフロアがあるカラオケラウンジ的なお店、ハミングバード様。かなりの大箱でした。

思い思いのカラオケ曲でストレス発散をしていたのですが、ふと奥の方の壁を見やると何やら見慣れた感じの・・

田中英和先生・・。おまけにパートナーは陽子先生。一瞬で1990年代にトリップ。つい気持ちがダンサーに戻ってしまい、カウンターでお酒を作っていたはずのママをお誘いしてジルバ。

これは一体何事か・・・と呆然と自分を見やる同僚達。さすがに視界から流すこと出来なかったか。(当たり前か)ここまできたらワルツやルンバも踊って周囲をさらに呆気にとらせたかったのですが、ママ(実際はバイトのおばさん)はそこまでは踊りをたしなまれておらず、断念。

やはり相手があってのペアダンス。

何部?ってダンス部

なんてことない社内他部署の方との飲み会の一コマ。ちょっといつもと違うのは、自分にとって殆どの方がはじめまして・・だったことと、もう一つ・・

全員が、学連ダンサーだったこと。

入社から20数年たって今頃、、という話ですが、最近知り合ったKさんと盛り上がって、お互いが知る限りのツテをたどって集めた10数名の競技ダンス部出身者。部署も出身大学もバラバラ。

25年ほど遡っても10数名しか見つけられないところが流石マイナースポーツです。(威張るところではないですが・・)

時と場所は違えど同じような踊る学生生活を送った仲間ですので、はじめまして・・から息もピッタリ。とても楽しい宴となりました。色々おかしかったのですが、居酒屋に流れるBGMがかわるたびに「これ踊れる・・」「チャチャ?」とかつぶやくメンバーが全員同じ会社で働いている・・ってこととか。

こうしてまずは少しずつダンスとの接触頻度をあげてダンスを身近なものにしていくところからリーマンダンサーズ再始動です。ゴールは、ダンスが日常に普通にある暮らしを目指して。

同期カップルの引退披露パーティー

先日の北海道帰省、親孝行以外の二つの目的。一つは大学同窓夫婦宅への帰省。もう一つは・・

大学部活同期カップルの引退披露パーティーへの参加。

会場を見渡したところ700人近いお客さんの入り。これだけの規模の引退披露パーティーというのはそれだけ北海道のダンス界への貢献も評価されての結果・・ということなんだろうなぁと。

大学の部活同期10人のうち職業:社交ダンス教師を選んだのはなんと半数の5人。今考えてみるとやっぱりダンスの実力・才能に恵まれた方から5人だったのかな、とも。(5人目は疑問ですが)

(これで皆んな現役からは引退ですね)

これからは後進の指導に専念・・だけではなく、縮小が急速に進む社交ダンス界をどう盛り上げていくのか、次の世代を呼び込んでいくのか、という大命題に取り組む必要あり。

先輩後輩ダンサー達と話をしていてもその危機感がヒシヒシと伝わってきました。今や北海道での試合ではプロの部も全然選手が集まらないそうです。それって、それだけ業界のパイが小さくなって魅力が低下しているということですからね。

プロの先生達によるパーティー後の打ち上げで、同期達が二度目の金屏風で語るのをのんびり眺めておりましたら、まさかの自分も金屏風前へ召喚。(そういうのは事前に教えて欲しい・・)

元学連ダンサー、アマチュアのリーマンダンサーとしても元の立場からですが、一言ご挨拶させて頂きました。

M組、かれこれ25年以上の長きにわたって第一線での活躍、本当にお疲れ様でした。僕ら全員同じ日(1993年の北海道大学の入学式・・)に社交ダンスに出会って今に至るんですよね。思えば長い時間がたったものです。

恋ダンスやAKBは踊れません

少し前、社内コミュニティ紙に寄稿依頼をもらい、久しぶりのカミングアウト。お題は・・「ダンサーさん、集まれ〜!」。。

季刊で、毎号「○○さん、集まれ〜!」という社内の色々な方の、えー知らなかった・・という趣味や過去を発掘する定番コーナーがあり、そこに寄稿した記事は・・・↓

ジャズダンスやヒップホップ、チアにバレエにフラダンス、果ては阿波踊り・・と色々なダンスのジャンルのダンサーさんが集結する中で社交ダンス枠を確保。

社内にも何人か社交ダンサーはいらっしゃいますので光栄なことです。(ちゃんと社交ダンス東日本代表の務めを果たせたかが心配ですが・・・)

大学の入学式で、きれいなお姉さんについていったらそこが雪国・・ではなく社交ダンス部だった・・というのは自分の中で整理されたダンスとの出会いのエピソード。

ここヒューストンでは、元ダンサー・・・という話をする機会も限られており、別に積極的に趣味の話も出していなかったので、え、そうなの?という反応もチラホラ。(特に米人の同僚達が記事に気がついて喜んでいました、レアな趣味なのかも)

まぁ、直ぐに踊れ・・と言われてもあまり期待に応えられないので・・このぐらいの抑えた露出でいいか。

久しぶりOB会@ヒューストン支部

気がつけば前回開催から2年ぶりとなりました、OB会ヒューストン支部の定例会(初回は→OB会ヒューストン支部)。

大学の部活後輩のD君、元気そうで何より。

近況交換し、ヒューストン事情で盛り上がり、仕事の話などもちょっとお互いに聞いてみたりしますが、結局僕らが行き着くのは大学時代のあの頃・・の話。全国大会や合宿、同期の消息にダンスバイトなどなど。

こうして社会人経験を積み、海外でも働いてみて、それでも戻るのは毎日汗みどろでさまざまな理不尽も横行していたあの頃。昔話をしながら、今だったらどうできるか、どうできたのか・・そんなことも考えてみたり。。。(どうやら自分はいまだに最後の冬全日にてタンゴ上決に行けなかったコトを悔やんでいるようです。。)

あの時の大事な仲間の皆さん、最近はどうしているかな。(一部のメンバーはFBで補足しつつ、他の皆は?)

こうして不思議な縁があるD君、群れないタイプであるのは重々承知ながら、今後もたまに会いたいものだと思います。FBI顔負けのプロファイリング能力を持つ彼女さんも次回こそお誘いして。

リーマンダンサー同窓会2018

記念すべき日本出張第一夜、到着早々に汐留のホテルに荷物を置いて向かった先はサラリーマンの聖地、新橋。

ここで久しぶりに会うのは、サラリーマンならぬ、僕の大事なリーマンダンサー仲間。2007年から約3年ほど、リーマンダンサーズを私的に結成して兼業ダンサー活動を致しました。(まとめは・・→リーマンダンサーのラストダンス〜第二幕終焉

社交ダンスと出会った学生時代の5年間に続く、社会人時代の3年間の競技ダンサー活動、涙と笑いが彼らと共にありました。

その後、それぞれに結婚し、家族構成が変化したり職場や勤務先が変わるなどリーマンらしく環境に翻弄され、現在に至ります。

■ J君の披露宴・・→リーマンダンサーの披露宴
■ F君の披露宴・・→ラストリーマンダンサーの宴

■ J君家族をドバイに訪問したのが最後か・・→リーマンダンサー飲み@ドバイ

学連ジュニアからよろしく、財団N級スタンダードからコツコツとダンスをやり直した日々が懐かしいです。アマチュアトップダンサーのきらびやかな世界は遥か彼方ではありましたが、練習後のビールの美味しさは格別でした。

今はそれぞれ目の前の仕事に夢中(滅私奉公)ですが、こうしたコミュニティの絆を切らさずに、またどこかでゆるーく再会&再開出来ればといいなとも。(果たして妻はシニアで再ダンサーデビューすることに付き合ってくれるのか?)

(顔より太もも。・・・という巨大広告がかかる日本って凄い)

自分のバケットリスト(俺のバケツ、人生のウィッシュリスト)には、社交ダンス関係では現在3つ入っています(随時更新ながら)。

■ 40. 妻と社交の場でダンスを踊る
■ 41. 一生社交ダンスとはゆるやかにかかわる
■ 42. 社交ダンスのパートナーがいて、競技会に再び出場する

こうした元ダンス仲間とのお付き合いもかかわりに含まれるかな。

■ 90. 娘達の結婚式で、娘とワルツを踊る

という大胆不敵な夢もありますが、さてどうなることやら。。。20数年後に向けて準備だけは怠らないようにしたいと思います。

踊らねぇ豚はただの豚か

かれこれ3ヶ月ほど社交ダンスのレッスンはお休み中です。

(社交ダンス日本一は高校生・・完全にボールルームへようこそ・・な世界ですなぁ・・)

単身だった2ヶ月含めレッスンに足が向かなかった理由は・・・それほどお金かけずとも他に楽しい時間の過ごし方がいっぱいあったから。

なかなか、週に45分間の個人レッスン1回とグループレッスン受け放題で130ドルという料金体系がしっくりこないのだと思います。自分は、初級者向けのグループレッスンに足が向かないので個人レッスンだけになりがちですし。(その時間があったら他のことをしたい、、仕事含めて)

先生は素敵ですしレッスンの時間そのものはとても充実するのですが、これで130ドルか・・という居心地の悪い感じもします。マンハッタンで高い日本食を一人で食べてしまった感覚と似ています。たまにならいいですけど、毎週だとやはり。(日本なら二回レッスンに行けるのになぁ・・・というところまで)

気が乗らないことはしなければよい・・ということで、もうしばらくは休業を継続しようかと。せめてまた踊る機会が来た時に、増量しすぎていないように・・というのも動機に加え、ジョギング、筋トレなどの適度な運動習慣をしばらくは継続出来ればと思います。

ただの豚にはならないように、との自戒をこめて。やっぱり、自分が踊る人、踊れる人という定義があるのとないのでは、違う気がします。(wantとcanの一致)

月一ダンサー

米国で社交ダンスを習ってみようというプロジェクトも昨年2016年2月のスタートからはや一年が過ぎました。

<これまでの経緯〜まとめ>
■ →体験レッスン予約
■ →個人レッスン代が130ドルに衝撃
■ →グループレッスン体験
■ →アメリカンダンスを味見
■ →初契約更改
■ →3ヶ月目
■ →個人レッスン12回終了

妻子が夏の帰省(日本語留学)から戻った昨年8月後半以降、出張頻度が少々あがったこともあり、月に1〜2回程度の個人レッスン、グループレッスンはもはや皆無というペースとなり現在に至っています。

2017年もまだ2回しかレッスンには行けておりません。

(夜は外からレッスンの様子が丸見え)

正直、結構お金もかかるし(自分のへそくりの日本円をドルに替えてレッスン代は捻出中)、平日夜も決して時間が沢山ある訳ではないし(忙しい、という言葉は自分の中ではNGワード)、2017年はどうしようかなー・・とも考えていたのですが・・

月1、2回のペースでのレッスン継続で結構、と開き直ることにしました。月一ダンサー上等。

考えてみれば、ゴルフだって2017年になってから1回しか行けてませんし(目標はコンスタントに月2回のラウンド+練習だったはずですが)、仕事や妻子との予定を優先してのスケジューリングならばそんなもの。(むしろ自分の趣味といえるものにまだ時間を使えているだけまし。妻に感謝しなくてはいけないところ)

たとえ緩やかでも、継続的に社交ダンスと関わり続けることを優先できればと思います。

これは自分のバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)の「■ 41. 一生社交ダンスとはゆるやかに関わり続ける」にもリンクしてきます。(→俺のバケツ

ちなみにダンス関連では「■ 40. 妻と社交の場でダンスを踊る」「■ 42. 社交ダンスのパートナーがいて、競技会に再び出場する」というのもありますが、まだ妻の了承は得ていません。

関連では「■ 90. 娘達の結婚式で、娘とワルツを踊る」という大胆不敵なものもありますが、これも当然了承は得ていません。当分は自主練習を細々と続けながら機会を待ちたいと思います。

月に1、2回しか顔を出さない不真面目な生徒は僕ぐらいなので、毎回 Long time no see!と声をかけられます。

仕事と完全に縁のない自分が所属できるコミュニティが米国でもあるというのはやはり貴重かも。(のめり込める程の時間は取れないですが)