すしくいねぇ

しばらくぶりに日本に戻って食べたくなるものの筆頭は、自分の場合、やはり、

● 美味しい寿司

これにつきます。

海外でも寿司っぽいものは食べれるし、ベトナムの前に2年ほど暮らしたドイツでは、パリ経由相当魚介も流通していたけど、でもでも、どうしても、ネタの鮮度とか、豊富さとか、そして職人さんの技量が、違うんですよね。

というわけで、帰国後も継続してダイエット生活中ながら、この日ばかりはリミッター解除気味にて高校時代からの友人めさんと、男2人で六本木のお寿司屋さんで大いに食して来ました。

感想、月並みですが、美味しかった~~~。

じゅんさい、と、のれそれ(アナゴの稚魚)の突き出し からはじまって、ちょっと刺身切ってもらったのがオコゼ、中トロ、いかわたを焼いたのと、毛蟹のミソと身あえたのをちょっとつついてお待たせの・・

● にぎり GOGO

「好き嫌いありません、おまかせで、あ、20カンは食べます」とめさんが開始前に自己申告。開始早々、気付いたことがひとつ。

● シャリがちっこい (標準比 1/2)

確かに店内を見渡すと、、皆様、わりと腰をすえて色々な種類食べて楽しんでやろうという意図が顔からうかがえる面子だらけ。(実際、1回転もしなかった・・)

ならばと、餓鬼2人、食べも食べたり、、、40数カン・・・。

食べたのは、、(順不同)

こはだ、あじ、あおりいか、いかの軟骨のところ、たこ、まぐろ赤身、
中トロ、とり貝、たいら貝、うに、いくら、ねぎとろ、赤貝、子柱、
車海老、甘エビ、きんめ、きんめの皮、あなご、あわび、おこぜ、
すじこ、かずのこ、毛蟹、・・あと10種類ぐらい思い出せない。。

大好物の「うに」にいたっては、それだけで8カンぐらい。。

お酒も、
YEBISU(ビール)→日本酒(酔鯨、立山、八海山など)

いやはや満足。お勘定持ってきた、お姉さんも一言、

● 「食べましたね・・・・」

2人で48,000円ナリ。
ちょっと予想より高かったけど、

2軒目行かず(5,000~10,000円セーブ)、タクシー乗らず電車で帰宅(5,000円セーブ)と考えれば、まぁ許容範囲内かしら。

結論として、

● ウニ 食べすぎ

1週間分ぐらいプリン体摂取したと思われる大満足な夜でした。引き換えに、土曜の、朝食、昼飯で食事制限して体重調整です。

きゅうりの薄切り

立ち仕事が数日続いたので疲れが出る前に、なじみのマッサージ屋へGO!

「足」を起点に、全身マッサージもざざっとやるよ、という感じのローカル店です。お値段は、75分で5万ドン +チップ5万ドン、 〆て10万ドン(700円)ポッキリ。

僕は、いつもベトナム語の勉強に付き合ってもらうお礼も含め、チップは多めにしてます。毎日のように来ているので殆ど友達のように皆が接してきます。

高級ホテルのマッサージを頼んで、正規料金にプラスして10万ドンぐらいチップを要求されるぐらいならば、この店で十分。

日本では、マッサージなんて値段が高すぎると思ってましたが、気がつけばすっかりマッサージ愛好者。ハノイ市内はもとよりベトナム国内あちこち、さらに遠征先の近隣アセアン諸国にて、高級店から低級店まで色々試しており、マッサージレベルから、店内の清潔度、個室の有無、オプションレベルとその相場を調査中です。

さてさて、そんな中途半端に長い前振りはさておき・・・いつもの店に行って、短パンにはきかえて、靴下抜いでソファにのびると、冷たいお茶(リプトン・ダー)に加えて、

● きゅうりの薄切り

が、皿にもられて出てくるじゃないですか。

新たに、おつまみ小鉢のサービスでもはじまったのかと思って・・一枚つまんでシャリシャリと食べてみると・・味つけ無し。女の子が来たんで、塩を持ってきて~と伝えようとすると・・おしぼりで顔をふいてくるじゃないですか!!

これまた今までにない新サービスだと思ったところ・・顔にきゅうりの薄切りを貼り始めました・・・

全てを納得した僕は、フィンガーボールのレモン水を思わず飲んでしまった人のことを思いつつ、きゅうりの下で赤面。。

外仕事で日焼けして顔が赤くなった僕に気を使ってくれての特別サービスだったのです。

ちなみにベトナム地元居酒屋では、よくきゅうりを縦に切った皿が出てきて、岩塩と唐辛子を混ぜたものにつけて食べます。

これが美味。

バイクで快感

バイクの乗り方を覚えました。

バイクといってもスクーターの延長みたいなやつです、カブみたいな。
一応ギアがついているかどうかが自分の中でのスクーターとの区別です。普通免許があれば原付は乗ってもいいけど、ギアがついたバイク類は乗っちゃいけない、となんとなく感覚的に思ってました。

本当はどうだったかな?・・と思いたつとすぐちょっと調べてみるのが自分の癖の中で好きなところ(自画自賛・・)。。 ググるだけですけど。「辞書をひきなさい」という母上の口癖に未だに縛られているのかもしれません。

世の中には辞書にのってないようなことも沢山あるのにねーと、口が達者になった今なら小生意気にまぜっかえしそうですが、やっぱり両親の教育方針には感謝。

辞書にすらのってる情報を知らない自分が「恥ずかしい」と、まずは考えるように自分の思考をもっていきたいものです。

自ら知ることができるのに知ろうとしない。自分で知ることの限界決めちゃう。例の「バカの壁」ですね。壁作って自分の殻にこもっていたいというのも一つの生き方でしょうけど、自分は「好奇心」をいつまでも失いたくないです。

そう、何の話だったかというと、原付の定義は50cc以下のバイクで、乗り方を覚えたバイクは100cc以上あるわけだから、普通免許じゃ乗れないバイクだったということがわかった、こと。

まぁ、いずれにせよベトナムでは「無免許」なので、街中では乗りません。だってバイクの洪水の流れに飲み込まれるの怖いし。

それで結局何が伝えたかったかというと、新しいことを覚えること、新しいことができるようになることって、

● 快感

だと改めて感じたわけなのです。なんか脳内で快楽物質が合成される気がします。もぅ、脳の中でニョキニョキとシナプスが結合するのを感じます。コエンザイムQ10(でしたっけ?)飲むよりも若返りますよ、絶対。

初めて自転車に乗れるようになったあの日(覚えてないけど)、仮免で初めて路上に出たあの日(ちょっと二日酔い気味だったけど)、最近、出来るようになったこと、慣れた事ばっかりやっているかもしれない。

あるいは机の上やキーボードの上でゴソゴソやっているのが多すぎるかもしれない。そんなこと思いました。

思いっきり風を受けながら、車ひとついない工業団地内をバイクで爆走しながら。2005年のテーマのひとつに、身体を使った新しいことを覚える、昔覚えて脳内にシナプスがつながっているようなことを、もう一度刺激してやる、というのを加えようかと思います。

昔にやり込んだ、スキーとか、社交ダンスとか、音楽とか。人生丸30年の節目なんで、色々と棚卸やりながら、目標設定&実践していくつもり。

ドライビング編では、ベトナムにいられるうちに、

・マニュアル車
・フォークリフト

の2つに取り組みたいです。先程、昼休みに電動2.5トンフォークをちょっと動かしてきたけど・・難しい! でも、面白いかも。

ハノイの路上で思ふ

気がつけば日中の暑さも湿度もぐんぐんと増してきたハノイです。日が落ちて少し涼しくなった夜、シャワーを浴びて一日の汗を流し、今日の晩飯は、住まいのそばのほったて路上飯屋にて。

お気に入りのチャーハン(コムザン)を口に運びつつ、道行く人々をウォッチング。なんていうか、いいんですよね~、素朴な笑顔が。

モノが溢れている訳でもなく、やっぱり貧しくて、ゴミゴミしてて、でも、若者が沢山いて、よくわからん勢いと熱気があるんですよ。

車が入れないような真っ暗闇の狭い路地に吸い込まれていく皆の行き先は、狭くて、暑苦しくて、折り重なるように沢山の家族が住んでて。。

日本の30~40年ぐらい前って実際こんな感じだったんでしょうし、タイの15年前ぐらいの発展状況と似ているとも聞いたりします。

今回のベトナム滞在での得がたい経験の一つとして、こぅ、まるでタイムマシンに乗って昔の日本を体験しているような気持ちを持てた事が挙げられるのかな、と考えたりしてました。

「美味しかったよ。ありがとね。」(ベトナム語)って席をたったところ、いつも12,000ドン(84円)だったチャーハンが、なぜか、

● 10,000ドン(70円)

に値引きされてました。とうとう正規の常連価格になったのかも。こうして少しずつ受け入れられてきたベトナムともそろそろお別れです。

ミッション

ミッション(MISSION)とは、使命、自分の人生の使命。

そんな感じに響くものがひとつの言葉としてカタチになりました。夢、とか目標とも定義できると言える気がしますが、これは、ミッション=使命、がしっくりくる感じがします。

それは、

● 「和」

もうすこし、言葉を紡ぐと

● 「和」の心を日本人として世界に発信すること

もぉ、この神田昌典さんの「お金と英語の非常識な関係(下)」の192ページの〆のお言葉が響いたのです。

(ちょっと要約引用させて頂くと)
日本の伝統や独自性、歴史を正当に評価して、そして積極的に発信していく。日本の伝統の「和」の心こそが、テロリズム、宗教紛争、階級間闘争が絶えない今の世界には必要であり、この「和」の心を世界に発信すること、それこそが、日本人の役割。 私(神田さん)は、心底そう思う。

もぉ、やられましたよ。この5年ぐらいのモヤモヤとした思いが、スッと晴れた気がしました。思えば、就職してからの7年間で、仕事を通して世界の色々なところで自分自身の体験、思いを積み上げてきました。

1999年にボスニアで、なぜ隣人同士が殺しあうことになったのかを、内戦の最大の激戦地と言われるモスタルの落ちた橋を見ながら考えました。

2001年の9.11に、崩れ落ちる貿易センタービルの画像を見つめながら、わずか1週間前まで、のべ100日以上を過ごしたイラクやヨルダンの友人の顔を思い浮かべ、憎悪の連鎖を恐れ、イスラム世界で生きる彼らの安全を願いました。

2002年からは2年間をキリスト教国家がひしめく欧州はドイツで過ごし、異なる文化、重厚な歴史、厳然たる階級社会、拡大するEUの熱気を肌で感じました。

そして今は、ベトナム・ハノイで、滞在5ヶ月目の長期出張生活。勢い溢れるアジアの熱気に包まれたベトナムライフ謳歌中。

国家、文化、民族、宗教・・違いを挙げればキリがない中で、お互いの違いを認め、尊重し、そして理解しようとする日々。。

世界って、どうしてこんなに違うんだろう?
日本って、日本人って、何ナノかな?
なんで、争ってる人達がいるんだろう?
自分は、何かできないのかな?

そんな「?」を抱えながら、色々と模索してきた自分に、今しっくりとする言葉が投げかけられました。

● 「和」の心を日本人として世界に発信すること

神田さんをはじめ、同じ思いをもっているであろう沢山の日本人と、少しでもこの世界に働きかけていきたいと思います。

よく飲み、よく食べ、よく読む中年男子のライフログ〜60歳でFIREを目指してます