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ユナイテッドのマイレージ戦略

2016年はユナイテッド航空のマイレージ会員となって3年目。

同社は最寄りのジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港(IAH)をハブ空港の一つとしており、ヒューストン暮らしでは否が応でもユナイテッドと向き合う必要がある方が多いと思います。

定時運行には程遠い驚きの遅延率、あまり上等ともいえない機内サービスではありますが、やはりヒューストン起点での便数も多く、自分の主な国内出張の目的地となるNY向けではユナイテッドを選ぶことになります。

そこで重要となるのが利用実績を積んで自分のステータスをあげ利便性を高めることと、折角なので効率的にマイレージも獲得して家計の助けにもしていきたいということ。

初年度の2014年は25,000マイル以上の実績で翌年はシルバー会員に。2年目の2015年は50,000マイル以上の実績で、2016年は目出度くゴールド会員となってスタートを切れました。

これまでの自分のユナイテッドのマイレージ獲得の流れについて、簡単に整理してみます。(本記事は月2回程度の頻度で米国国内出張をユナイテッドを利用して行う方にしか参考にはなりませんが。)

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アラフォーの男メシ〜ハヤシライス

カレーもハヤシも市販のルーを使うこだわらない派ですが、ここ1年ぐらいマイブームになっているコツが二つあります。(今回はハヤシライス)

そのコツ二つとは・・

■ 玉ねぎ飴色作戦は、よく炒めた玉ねぎに蜂蜜投下

■ 水は一切使わず、全てトマトジュースで代替

別にオリジナルでもなく、LIFEという料理本を出している飯島さんのレシピに従っているだけですが、このやり方にすっかりやみつきに。簡単に出来ますし。(それ以外では鶏唐揚げのやり方も参考にしてます)

まとめて作って小分けに冷凍しておいてもいい訳なので、男メシのラインナップとしては主軸級のハヤシにカレー。重宝します。

 

IPA(インディア・ペールエール)初心者

トリアエズビールからの卒業!と吠えてみたのが前回。

丁寧に言うと、せっかくクラフトビール天国の米国に暮らしているのだから、色々なビールを楽しんでみよう、、地元ビールや大メーカーのビールばっかり飲まずに、というのが趣旨です。

そしてまずクラフトビールといえばIPA、インディア・ペールエールから始めるのが正しいのではないかと、目に付いたシャイナーブランドのIPAを購入からスタートです。

先日読んだビール入門では、アメリカン・ペールエールと、アメリカンなインディア・ペールエールを区別しておりましたが、単にIPAとあるか、ペールエールと店で眺める瓶には表示されています。

味としてはホッブの風味の苦味が強め、色は綺麗な琥珀色。自分は嫌いじゃない方向ですが、奥様はそれほど好みでもないそうです。

毎回6本単位(所謂シックスパック)で買っているとなかなか研究も進まないなぁ・・と思っていたところ(米国はあまりバラ売りしていない)、近所のKrogerで好きなクラフトビール6本を組み合わせて9.9ドルという販促をしていたので、これに飛びつきました。

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(毎日少しずつ同じ醸造所の種類違いなどが飲める!)

REAL ALEという会社が出しているラインナップの中では、苦味が弱めなFIRE MANS〜BLONDE ALEというのが好みな感じでした。

もともと苦味が無いバイツェンをドイツ赴任時代に好きになったぐらいなので、多少は大人の味覚になって苦味にも強くなったとはいえ、ペールエールよりさらに苦味が増したIPAはどストライクでは無いのかもしれません。でもこの香りの強さは魅力的。

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まずはこの棚を制覇するところから。

 

 

家飲み食堂☆ヒューストン

2016年も不定期で開催を継続します、家飲み食堂☆ヒューストン。
(こんな企画が続けられるのも妻の理解と協力があってこそと感謝、感謝なのです。)

新年最初の我が家へのお客様は、LAからヒューストンに移駐されたOさんご家族。同じ娘2人の親として今後宜しくお願いします!

本日もセッティングから料理まで全て奥様プレゼンツ!

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チーズと鶏ハムのプレートからはじまり、切り干し大根にヒジキの煮物、そして子供達には鉄板の茶碗蒸し。

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盛り付けが汚いのはすみません、僕が焼いた回の餃子。そう本日は久しぶりの餃子パーティーなのでした。お手製の豚ひき肉が脂さっぱり目でいい感じです。

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〆はわらび餅と自家製黒蜜で。

お酒は、ビール、日本酒、赤ワインに〆はテキーラでした。
(ちゃんと利き酒師として機能しているのか??)

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(うちの娘二人、お姉さん達の来訪に大盛り上がり)

やはりLAでも子供のいる家は家飲みが一般的だったとか。ヒューストンの場合、家族で外で集まって食べ飲みしたい店がない、というのが切実です。

■ 家飲み食堂☆ヒューストン 32宴目

読書ログ

2016年、新たに始めました→一万冊プロジェクト。
多分死ぬまで続けても達成できるか微妙なプロジェクト。

今後変更するかもしれませんが、運用のルール付け。

まず読んだ本は定期的に(半月に一度ぐらいの頻度)で読書ログというサブカテゴリとタイトルで機械的にログを取っていきます。

その中で、オススメ!なんか一言、二言書きたい!というような本との出会いがあれば個別にレビューをあげるようにしてみます。10冊に1冊ぐらいはそんな当たりがあるといいなぁ。

という訳で、1月の読書ログは以下。(追加していきます)

 

2016年初読み(・・するのを楽しみに買っておいた)。
期待通りの傑作!ですので追って感想あげます。

 

こうして並べて内容を思い返すと、同じ方向の何冊かがまとまるたびに考えたことなどをアウトプットしていく機会が作れそうです。アウトプットを前提にしたインプットのやり方も、自分なりのスタイルを模索したいです。

 

■ 18冊(2016年)

一万冊プロジェクト

2016年、新たに始めます、題して一万冊プロジェクト。
いや、正確にはもう既に始めていた活動に名を与える感じか。

年初に30代を振り返った際に(→この10年ぐらいの略年表)、31歳になった2006年から年間何冊本を読んだかの記録をはじめていたことに気がつきました。

20代もノートに読後の感想を書き付けたりはしていましたが、記録も散逸してしまい正確な冊数は分かりません。なので、切りよく30歳から残る人生でどれだけ本を読めるのか?と考えた際に、自分の場合は多くても一万冊ぐらいかなと思ったのです。

年間200冊読むのを50年続けると一万冊。

80歳まで生きる自信がありませんので(元気に75歳まで生きるのが今のところの目標)、多少後半にスピードアップして、ようやく一万冊。

2015年末までに10年間で読んだ本が1,687冊。(年間平均168冊のペース)

41歳で迎えた2016年からの10年で目標2,000冊超、平均を200冊に近づけるのが目標、という感じで。

なぜ読むのか・・と問われると即答が難しいのですが、しいていうなら、面白いから、本を読むのが好きだから。多少は今の仕事に役に立つ部分もありますけど、小説などの多くは直ぐに役に立つかどうかも不明なものばかり読んでいる訳ですし。

量をある程度読むことを目標と置くのは・・それだけ空振りも多いから。(まったくの外れとはいいませんが、、すみません。)ある程度の量を読む中で、自分にとっての良い出会いが増える気がします。

ということで、粛々と歩みを進めてみます。

盃コレクション

日本酒を飲む時に盃を選ぶのって楽しいですよね。我が家でもお盆にのせてお客様にはお好みで選んで頂いております。

ぐい呑みとお猪口の定義はサイズの違いのようですが、ついついお猪口というより大きめのぐい呑みを選びがちな自分(欲張り)。

このコレクションは殆どが亡くなった父親が好きで集めていたものの一部を僕が実家からゆずってもらったものです。

そんな訳で僕にもコレクター系の血は流れているのですが、不要なモノに囲まれた暮らしも億劫なので、この何年かは残すモノを積極的に選別するようにしています。

この盃達も少しは買い足したけど、このお盆のスペースに載らなくなった分は都度入れ替え戦です。

● スペースを決めたら、それ以上は持たない

これが整理のマイルール1番。

● 何かを新しく買ったら、何か捨てれないかも併せて考える

そしてこれが2番。

 

アラフォーの男メシ〜鳥すき焼き

すき焼きの割り下を自分で作れるようになると料理の幅が広がります。(勿論最初からストレートタイプの割り下やめんつゆを買ってもよいですが、自分で調整する方が美味しいような)

醤油、酒、みりん、砂糖、出し汁(水に出しパックを放り込むのでもホンダシ的なものを入れるのでも)の組み合わせで好みの味が再現できるようになればしめたものです。

帰宅すると子供達を寝かしつけようとする妻から「すき焼きの割り下まで作っておいたからー」と。あとは冷蔵庫を物色して・・

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(鳥のすき焼き風)

骨つきの鳥もも肉を手ごろな大きさに切って放り込み、煮え具合を逆算しながらエノキダケ、パクチー、最後に卵を割り入れて超簡単出来上がり。具材は牛でも豚でも、魚介でも無限の組み合わせが可能です。(そして甘辛のタレで失敗もほぼ無し)

ただ、夜に白ご飯をおかわりしてしまう誘惑には注意です。

 

ベトナムライフ2005

2004年8月から2005年6月までの約10ヶ月間、ベトナム・ハノイに長期出張して初めての東南アジア、ベトナムライフを満喫致しました。

当時の記録の幾つかを本ブログに転載したので以下まとめておきます。我ながら懐かしいです。

→ハノイのある休日

→ベトナムで闇鍋

→犬公方の時代なら死刑

→バイクの波

→間違い電話からはじまる・・

→ご機嫌な酔っ払いと花束

→ハノイの路上で思ふ

→バイクで快感

→きゅうりの薄切り

当時30歳。1人あたりGDPが700ドルぐらい、月給100-200ドルの人達が沢山いる国で毎月の仕送り2,000ドルをきっちり使っておりました(宿代以外で)。かりにも一国の首都であんなに(主に金銭的に)伸び伸びと暮らすなんて経験は、この先一生出来ない気がします。

携帯を探せ!

〜を探せ!と書き出すとついクライブ・カッスラーの冒険小説が頭に浮かびます。せっかく米国に暮らすのですからバーボンでも飲みながら原書を読み直したり出来ればオシャレなのですが・・(いかんせん英語力が、、)

今回行方がわからなくなったのは妻の携帯。SOSが出張先に入りました。正確には僕からは気がつかず、日本のパパからのLINEメッセージで気がついたわけですが。(FBメッセージとメールもらっておりましたが直ぐに気がつかず)

どうやら長女を小学校でピックアップした際に紛失したそうな。そして付近を後で探したのだが見つからない。電話はかかる・・とな。

私も一度自分の携帯をショッピングモールでなくしかけた経験があるので初動はすぐでした。Find my iPhone起動!

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(幸いに海中ではなく、すぐ近所にありました・・・)

すでにその日は夜になったので、携帯をリモートでロックして、僕の携帯に電話して欲しいとのメッセージを表示させて終了。

翌朝、妻を該当すると思われるお宅に突撃させたところ・・英語をしゃべらない感じの良いお爺さんが応対に出て、孫が学校帰りに拾ったというような説明で無事に返却してくれたそうな。

察するに子供的には宝物発見!と密かに持ち帰ったが、親にみつかり取り上げられ、でも共働きの両親は学校に届ける暇もなくキープされていた・・というストーリーではないかと。(後で御礼の品を妻が届け本件はファイルクローズ)

物騒な地区に住んでいる場合、たとえGPSで携帯の場所がわかっても知らない家を訪問するのははばかられるので、住むエリアは非常に重要だなとあらためて考えさせられました。