「米国に暮らす」カテゴリーアーカイブ

ベルエア探険隊が行く?

ヒューストンに暮らしてあと3ヶ月ほどで丸5年。地元の日本商工会誌に縁ありまして、先日初めて寄稿させて頂きました。

駐在員日記・・題して「ベルエア探険隊が行く」。

内容的には、ヒューストンが誇る中華街ベルエアを家族や同僚と探険しています・・というライトな記事。たわいがないと言えば、このブログと同レベルの書きぶり。普段はブログで500字前後、長くても1,000字程度としているので、ちょっとだけ長い1,500字でした。

寄稿の効果で「この店はもう行きましたか?」とか「こんな店があるのご存知でした?」という反応が数件あり、また次の探険予定先が増えました。

(香港カフェで食すフレンチトースト練乳がけ)

他には、あ、着任したら連絡とろうという話になっていたっけ・・と存在を思い出してもらったのが一件。いまや邦人人口は4千人とも言われていますので、広いヒューストンでは出会うだけでも一苦労ですよね。

駐在員日記としては記念すべき第1回を書かせて頂きましたが、伝統ある駐妻のヒューストン日記はなんと連載172回を数えます。これだけ見ても如何に奥様方の方が情報力もネットワーク力も高いことが見て取れる気がします。駐在員日記・・第10回とかで終わりませんように・・・(少年ジャンプの連載打ち切りのように)

そして編集委員の皆様のお仕事ぶりには大変頭が下がりました。いつも情報量たっぷりの発信有難うございます。毎月楽しく読ませて頂いております。

サーティーワンとはバスキン・ロビンス

幾つになっても知らないことは山ほどあって、人生は学びの連続ですが、この日の学びはバスキン・ロビンス。

きっかけは手土産にアイスを買おうと妻が言ったこと。しかし妻が指ししめしたお店はバスキン・ロビンス・・・!? あれ?サーティーワンじゃなかったっけ?

「は?」妻が僕に時折見せる、あんた今頃何言っているのよ・・的な反応。。何と僕がサーティーワンと認識していたアイス屋はバスキン・ロビンスが正式名称だったんですね。

バスキン・ロビンスは米国発の世界最大級のアイスクリーム・パーラーチェーン。バスキンさんとロビンスさんのお二人が創業したそうな。これまで何度もロゴを見ているはずが、気がつかなかったなぁ。。31の数字しか見えていなかった。

おまけにトリビアによると、アイスの冷蔵ケースが四角いこともあり実際は31種類のアイスではなく、偶数の32種類のアイスを売っているお店が殆どなのだとか。ここも確かに32種類ある!

どうやら世界でもサーティーワンのブランドが定着しているのは日本や台湾ぐらい、世界ではバスキン・ロビンスが店名でサーティーワンはコンセプトなのだとか。

どうも日本の一定以上の世代がサーティーワンとして認識しているらしい・・・(年齢差の問題だったのか・・) 今日もまた一つ知らなかったことを知りました。

(チョコレートにかぶりつき泥棒ヒゲ?な感じの次女)

かわいい泥棒さんだことと笑うと、自意識成長な彼女は怒り出す。人間いじられて、笑われてなんぼだという価値観も娘達にちゃんと伝えていかないと。。

ヒューストンで焼き鳥〜Yakitori Gunsoソフトオープン

ヒューストンに待望の焼き鳥屋さんがオープンした!と聞きつけて週末に家族で駆けつけて参りました。

■ Yakitori Gunso (→公式HP

1/8にソフトオープンの情報は割と早く妻から入ってきたのですが(これまた近所のDaidoの隣にオープンしたばかりの美容室から)ようやくの参戦。17時半開店と知って18時前に到着したところ既に先客多数でギリギリの入店。

(店内はなかなかの広さで明るめ)

おぉぉ、串焼きの値段が1本1.5ドルあたりという良心的値段設定。うどんやカレーなどもあって期待が高まります。手元の注文用紙に欲しい数量を埋めてオーダー。

アルコールはリカーライセンスが取得出来てから(グランドオープンしてから)・・の提供のようなので本日のところは同じモール内に歩いて買い出しに。(ベルエアで慣れている動きです)

さぁ・・・食べるゾォォ!!!

・・・ん・・・・んん・・・・んんんん。何やら料理が出てくるスピードが遅い、遅い、遅い。。。(パパ、おなかすいたーーという娘達の悲鳴)

視界に見える限りにおいて、サービスの方がお二人、そして奥のキッチンで忙しく立ち働くオーナーさんと思しき方がお一人。さすがにその人数では満席のこのお店に対し少ないのでは。。。

でも、じっと待っていたら・・・

(美味しい串焼きが出てきました)

(カレーもカレーうどんも美味!!)

のちほど挨拶に出てこられたオーナーシェフ(ご主人と呼ぶべきか・・)の方に伺うと、昨日まで快調に回っていたそうですが、急に本日従業員が辞めてしまった(ばっくれ・・)のだとか。(おそらくキッチン担当)・・それですぐ出るはずのサラダなどの事前の仕込みも不十分で全体に回らなくなったのね。。。

従業員を新しく雇ってのトレーニングなんかを含めてのソフトオープン期間。待望の焼き鳥屋さんなので温かく立ち上がりを見守りたいと思います。(そして、定期的に通ってお金を落とさなくては!)

再訪確定。

まさかの貨物船でクルーズ食体験

先日、たまたま貨物船を訪れる機会があり、フィリピンの船員さん達と一緒に食事をいたしました。(お言葉に甘えて昼も夜も船上で頂きました)

(貨物船といっても色々ありますが、こんな感じの)

(昼はサーモンのグリル)

(夜は牛肉の煮込みみたいな感じ)

キャプテンとオフィサーは韓国出身だったので、おそらく韓国料理も高頻度で並ぶのだろうし、普段はフィリピン料理が多いのかなぁとか想像。個人的にはあまりフィリピン料理の相対評価は高めではないので申し訳ないですが。。(→フィリピン料理

陽気なコック氏に聞くと、なんと24年間もクルーズ船で働いた経験があり世界中の料理を作ってきたよ、と。日本が誇る豪華客船飛鳥にも2年働いたことがあるとか。気がつかないうちに貨物船でクルーズ食を食べていたとは・・・!

滞在を延ばせるのなら寿司や天婦羅も出せる機会があったのに、と。こんなところでクルーズとの縁を感じるなんて偶然。

過酷な船上勤務ではきっと1日3度の食事が貴重な楽しみなはず。そう考えると船で料理する人って大事ですよね。なんたって逃げ場のない船上では代わりの食事なんてありませんから。

二つのアメリカンドリーム〜フィラデルフィア

週末の前入りだったので、翌日曜は少し遅めに起き出した後、近所を散策し水などを調達。その日のフィラデルフィア観光作戦をコーヒーを飲みながら練りました。

結局、昼はご当地名物のチーズステーキを食べた後に数ある博物館・美術館の中から、アメリカ革命記念館を選択。

(入場料は大人21ドル)

追加料金を払ってのオーディオツアーを勧められましたが、今回は自力でやってみることにしました。さて、アメリカの建国の歴史を独習タイム。

ちょうど合衆国建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトンの特集展示が一階に。ミュージカルのハミルトンが未だに人気が衰えないので我が家では注目の歴史上の偉人。

日本語と英語のWikiを活用しながら、展示の説明だけではわからない部分を補足しつつ、うろ覚えなアメリカ建国史への彼の関わりを学びました。

しかし、明治維新で活躍したご歴々もそうですが、こうした時代が大きく動く時に名前を残した方達は軍人からはじまり、政治家であり外交官であり、思想家で政治学者・・と一人何役もこなしておりますよね。ハミルトンも凄い。

不遇な晩年を迎え、決闘のすえに亡くなるというドラマチックな人生ながら、落ちぶれた貧乏貴族の私生児として生まれたという出自を考えると、その才覚を持って見事に歴史の舞台に躍り出た勇姿はアメリカンドリームの原点と言えるのではと。

その後、上の階の常設展示やショートムービー、ワシントンのテントなどをじっくりと眺め、外の独立記念館や公園へ。

続いて市内北西の大通りまでウーバーで移動して散歩開始。目的はこの先に建つ美術館。

各国の国旗がはためく中で、日本国旗は・・ひっかかっとる。。なんとか引っ掛かりを外したいと思ったのですが、旗に向かって石を投げるわけにもいかないしな。

お、目的地が見えてきました、こんな感じだったっけ。記憶もおぼろげなので久しぶりに観返さないと、あの名作・・・

そう、こちら、ロッキー・バルボア氏の銅像、ニックネームはイタリアの種馬。建国200周年を祝う世界ヘビー級タイトルマッチの対戦相手として抜擢された無名の三流ボクサー(当時)。

世界各地の観光客と一緒に駆け上ってきましたあの階段。

これも間違いなくアメリカンドリーム。(ロッキーにとっても、ロッキー役の主演・脚本のシルベスター・スタローンにも・・)

どちらももはや歴史の中の出来事だなと思いつつ、フィラデルフィアで米国を感じた一瞬でした。それにしても、博物館やロッキーの聖地を一緒に見に行こうと誘ったのですが、若手からは軽く却下。時代が違うということか。