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初Uber

アーリーマジョリティーより、アーリーアダプターでいたいと思う。

ちょっと遅めではありますが、初Uber利用。

普段の生活では自家用車オンリーですので、出張先のニューヨークにて。

早朝にホテルからラガーディア空港へ。

専用アプリを起動して、俺のUber召喚!

おぉ、本当にすぐ配車されました。

でも、自分の位置が少々ずれてしまったので乗車位置まで歩く。

GPS精度が低いので確認せいとあったのを無視してしまった。(次回要確認)

ドライバーに電話も出来ますが、うまく説明出来ない気がしたので。

5分後にトヨタ・カムリ到着。

普段は専業ドライバーじゃないのかもしれませんが、客対応十二分。


(降りた瞬間に評価も送る仕組みになっているからか)

イエローキャブだと40ドル超の距離が、34ドル!

これは噂通り安い、そしてクルマはこちらの方がグレードが上です。


(初回プロモーションで20ドル値引き、明朗会計で経路付き)

クレジットカード登録しており、精算が感動的に簡単。

チップを考える必要もなし。

これは世界中で流行りますね。

いくら旧勢力(既存タクシー業界)が抵抗しても無理かも。(あとは法律頼み)

ドライバーが今までより稼げるというのもいい。

どうやったらこの仕組みを自分の目の前の世界に反映させられるだろうか。

ヴィレッジ巡り@NY

今回のNY出張では、マンハッタンでも初めてのエリアに。
(普段はミッドタウンの42nd St. 前後をウロウロ)

マンハッタン南西部のイーストヴィレッジ。60年代後半から、学生、音楽家、芸術家、そしてヒッピー達が住み着いたそうな。

確かにあやしげな雑貨屋や食べ物屋がひしめきあっていて生活感たっぷり。アートなのか落書きかわからないもの多数、この雰囲気好きです。


(オシャレ居酒屋WASANで利き酒師トレーニング)

たっぷり日本酒を頂いたあとは少々西方向に移動。ここが有名なグリジッジ・ヴィレッジですか。


(あ、ブルーノート)

歴史ある街並みに、小さなお店が沢山。本日はガイドのIさんに全てお任せでそのうちの一店に。


(JAZZの生演奏を楽しむの図、よくわかってはいませんけど)

さすがマンハッタンともなると、村とはいえこじゃれています。ヒューストンでは味わえない都市の雰囲気を堪能。

初めての宿題は家族写真

これからプリキンダーに通う長女にも色々宿題が出てくるはず。

妻を主軸に自分もきちんと協力して面倒みたいと考えています。

そんな中、最初の宿題?が担任の先生より出ました。

教室に貼るので家族写真を持たせてください、とな。

お、意外に全員集合写真が最近無い!

ということで土曜日に飲茶をご一緒したD家に撮影して頂きました。


(A案)


(B案)

どちらでもいいけど、現物の写真の色味を見て最終決定することに。

(ボツ側は僕のデスクにでも貼りますか)


(香港市街の飲茶、2回目です)

普段から妻子がお世話になっているD家ですが、なんと年末のクルーズも一緒。

気兼ねなく子供達も遊べて、大人も帰りをきにせずお酒も飲めて、今から楽しみ!

クルーズでも家族写真残さなくては。

アメリカンガールへの登竜門

なんとか無事に長女の公立小学校プリキンダー1週目が終了。

5日間毎朝の送り届けも完遂できました。


(ラスト2日間は親も校内に入れなくなるので別れが大変)

これから出張などでヒューストンにいない時以外は一緒に登校するつもり。

毎朝、片道わずか15分から20分ですが、長女との二人だけの時間。

普段なんでも妻に任せきりなので、まずはここからやってみようかと思います。

7時前に僕も起きる必要あるので少々睡眠時間が減りますが。

昨日の学校での出来事の話をきいたり、今日の長女の機嫌をうかがったり、

少しずつ会話にも幅が出てくるとよいな。


(現地校に通うなんてすっかりアメリカンガール)

学校が7時半登校、通勤わずか20分、仕事の始業が9時だからこそ可能な、

まさにアメリカンマジック。


(最近、写真のポーズが決まるように@アメリカンガールショップ)

人生の中で娘と一緒に学校に登校できるのはきっとこの3年半だけ。

その覚悟をもって臨みたいと思います。

18年前の通信簿

まだまだ先行き不透明ですが、CPA受験の下準備として、卒業した北の果て大学から成績証明書を取り寄せました。

必要なのは英文版ですが、ついでなので日本語版も。


(初めて見たかも・・・)

大学が大好きでしたので、学部卒にも関わらず4年ではなく5年通いました。言い方を変えますと、そのような状況を「留年」と呼ぶ場合もあります。

なにしろ1年目は週4日、2-4年目は週7日の部活&個人練習を実践する部活でしたのでそれなりに学業にもしわ寄せがありました。(今思えば言い訳ですが)

幸いに実験などを理由とした強制拘束がない文系長屋の住人でしたので、少々のビハインドも試験前の一夜漬けと要領の良さで切り抜けたような。

というわけで、大学での通算成績をメモ。

■ 優・・26(52%)

■ 良・・15(30%)

■ 可・・9(18%)

でも、これでは相対的な学部内での順位など全くもって不明。最近では秀というのが優より上に登場して、WEB上で分布を科目別に見れる模様。

少なくとも全部優を揃えるような上位組からは遠いところにいたのは事実。多分、真ん中のボリュームゾーンの中では少々上、ぐらいでしょうか。

昔の移行点の計算方法でいけば、1.67。(優 2.0点、良 1.5点、可 1.0点で計算) たしか教養から学部移行時点(2年終了時点)での成績は1.81とかだったので、学部で成績落ちてます。(その昔、1993年入学者は文Ⅰとか文Ⅱとかのくくりでした)

英語や仏語で可をくらってるのを眺めて、当時は語学に興味がなかったなぁと懐古。語学を社会人になって克服できたのは、まさに環境のなせるわざです。


(英語で可をつけたのは部活の顧問!)

ダンスは褒めてくれましたが、英語で褒められたことは一度もありませんでした。N先生、そんな私が米国で働いています。(裏で北の国からのテーマ)